公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ベルリン国際映画祭 2010/2/11-21
  Internationale Filmfestspiele Berlin


受賞結果
金熊賞  Bal(『HONEY』) Semih Kaplanoglu監督
銀熊賞  審査員賞
 Eu cand vreau sa fluier, fluier   (『If I Want To Whistle, I Whistle』) Florin Serban監督

 最優秀監督賞
 Roman Polanski 監督 (The Ghost Writerに対し)

 最優秀女優賞
 寺島しのぶ
 (「キャタピラー」《若松孝二監督》での演技に対し)

 最優秀男優賞
 Sergei Puskepalis 、Grigori Dobrygin
 (Kak ya provel etim le 『How I Ended This Summer』
  《Alexei Popogrebsky監督》での演技に対し)

 芸術貢献賞(カメラ)
 Pavel Kostomarov
  Kak ya provel etim le (『How I Ended This Summer』)

 最優秀脚本賞
 Wang Qua, Na Jin (Tuan Yuan 『Apart together』の脚本に対し)
アルフレッド・バウアー賞  Eu cand vreau sa fluier, fluier 
 (『If I want to whistle, I whistle』)
ベルリナーレ・カメラ
(特別功労賞)
 山田洋次監督
国際批評家連盟賞  コンペ部門
  En Familie  (『A Family』) Pernille Fischer Christensen監督

 パノラマ部門
 「パレード」 行定勲監督

 フォーラム部門
 El vuelco del cangrejo
  (『Crab Trap』)  Oscar Puiz Navia監督  

(『』内は英語題名) *日本からの出品作品はこちらから

◆受賞結果◆

 金熊賞はやや予想外であったがそれ以外はほぼ順当な結果といえる。最優秀作品賞にあたる金熊賞は、失踪した養蜂業の父と幼い息子の姿を静謐な映像美の中に描いたトルコ・ドイツ合作の『HONEY』(英題)。映画祭期間中、特に話題となっていた二作品、ロシアの『How I Ended This Summer』(英題)とルーマニア映画『If I want to whistle, I whistle』(英題)は共に複数の賞を受賞した。前者はロシアからは5年ぶりのコンペ出品作。陸の孤島・北極海の気象研究所で研究に励むふたりの青年が直面するミステリーで最優秀男優賞及び芸術貢献賞も受賞。後者は近年注目の集まるルーマニアからの一本。少年院から脱走を図ろうとする少年たちを描き、審査員特別賞とアルフレッド・バウワー賞に輝いた。

◆概観◆

マーケット会場
(マーティン・グロピウス・バウ)
 

 第60回という記念すべき回を数えた今年のベルリン映画祭。ベルリン市長をはじめ、ドイツ政財界の有力者や映画関係者・アーティスト、海外からの多数のセレブリティを迎えて小雪の舞い散る中華やかに幕を開けた。記録的な寒さと降雪量に見舞われたというこの冬のベルリン、特に映画祭会期前半は堆積した雪がすっかり凍り、映画祭メイン会場周辺にもアイススケートリンクのような歩道も少なくなかった。しかしそんな天候の中でもベルリン市民はベルリナーレ(ベルリン映画祭の愛称)に押し寄せた。チケット販売数は300,000枚突破という新記録を打ちたて(2009年:27400)、業界関係者の参加数も20,000超と昨年15575人を大きく上回った。平日の午前中の上映はさすがに必ずしも満席にはならないが、午後になるとかなりの入りの良さ。普通の勤め人には難しい時間ではあるが、学生、主婦と思われるご婦人たち、ややシニアな人々がひとりで、また友達たちと来場している。夜の上映や週末は勤め人の人々が加わり、市内に点在する各会場の周辺は文字通り人でごった返していた。公式発表によると昨年2009年度の動員数48万人以上、国際映画製作者連盟認定の映画祭の中でNo.1の動員数を誇った。市民に愛され、業界関係者に注目され続けるベルリン映画祭、今年も一番の座は揺るぎないであろう。
 ベルリン映画祭は単純に映画を上映するだけの場ではない。最近の映画祭全般に言えることであるが、なかでもベルリンは映画を巡るさまざまな催しの複合体の様相を呈している。映画祭ディレクター、ディーター・コスリック氏の発案で創設された若手映画人養成を目的とするワークショップ・タレントキャンパスや共同制作の機会を提供する企画マーケット、アジア・アフリカなどの国々への製作助成ワールド・シネマファンドを擁し、そして世界の映画ビジネスにおける最も影響力のあるマーケットのひとつ、ヨーロピアン・フィルムマーケット(EFM)を併設する一巨大祭典である。ちなみにマーティン・グロピウス・バウとマリオット・ホテルの2フロアで展開されたEFM、リーマン・ショックから日も浅かった前回2009年の回に較べ、参加者やマーケットでの売買等、回復傾向が顕著であった。
 60回記念イべントのひとつ、パネルディスカッション「映画の未来」ではこれからの‘映画祭’の方向性について活発な議論が繰り広げられた。映像の世界及び社会も絶えず変化を続けている今、一方で映画祭として守るべき部分も確実に存在する。柔軟で創意溢れる、かつ建設的な対応が必須であろう。2001年の就任以来、数々の改革を進めてきたコスリック氏の指揮の下、今後ベルリン映画祭がどのような方向へ進んでゆくのかを注視してゆきたい。

◆日本映画◆

 今年のベルリン映画祭には各セクションにもれなく日本映画が選出され、確かな存在感を放っていた。同映画祭へは毎年コンスタントに10本前後の日本映画が出品されてはいるものの、コンペティション部門に出品作がない年は報道も控えめになり、印象の薄い回もあるが、着実に毎年何本かは選出されている。
 とはいえ共同制作作品・回顧上映作品を含めてであるが、21本の出品はやはり近年にはない数である。作品とともに来訪した日本人監督・キャストも数多く、それにともない取材に赴いた日本人報道関係者の数も抜きん出ており、ここ何年かの中では最も日本映画度の高い年であった。

最優秀女優賞発表の瞬間
 

 「キャタピラー」
 映画祭の華と言うべきコンペティション部門(といっても例年どおり社会派作品の目立つ、渋いラインナップであった)。今年の審査員団はドイツ映画の巨匠でベルリン映画祭とも縁の深いヴェルナー・ヘルツォーク監督を委員長に、女優レニー・ゼルウィガーら7名で構成。20本のコンペ出品作品のうち日本からは若松孝二監督の『キャタピラー』が選出された。若松監督にとっては1965年の『壁の中の秘め事』以来の二度目のコンペ参加。『壁の中〜』の出品に関しては’ピンク映画が日本映画代表として出品されるとは国辱もの’、といったバッシングを日本国内で受けるという苦い経験を経て、2008年に『実録・連合赤軍あさま山荘事件』のフォーラム部門出品でベルリン再登場、そして今回は二度目のコンペ出品となった。『キャタピラー』においては日中戦争時に負傷、四肢を失い、耳も口も不自由になり言葉を発することもできなくなった傷痍軍人とその妻の姿が描かれる。戦時下の農村では’軍神’と崇められる夫を献身的に世話することを周囲から当然視される。当時の倫理観と現実の生活の中での絶望。その狭間に立ち、家の中では自暴自棄になる妻。無条件に信じていた戦争の正義にも懐疑的になる。夫はかつて中国で女性を暴行し殺害した過去の幻影に怯える・・。そんな状況下の妻の複雑きわまりない心理を、さまざまな表情で時に力強く、時に繊細に演じ抜いた寺島しのぶ氏が最優秀女優賞の栄誉に輝いたのは十分に納得がゆく。同賞の日本人女優の受賞は1964年の左幸子、75年の田中絹代に次ぐ3人目という快挙となった。受賞式を舞台の仕事のため欠席した寺島しのぶに代わって若松監督が壇上で寺島からのメッセージを代読、真摯な感謝の思いとともに書かれていた反戦の訴えに場内からは大きな拍手が沸いた。
 

トロフィーを受け取る
山田監督(左)
 

 山田洋次監督<クロージング&ベルリナーレ・カメラ>
 ベルリンの人々にとって最も馴染みの深い日本人監督といえば山田洋次であろう。89年の『ダウンタウンヒーローズ』以来、『たそがれ清兵衛』『母べえ』等で7回にも及ぶベルリン映画祭出品歴を誇る。今回は最新作の『おとうと』が映画祭クロージング作品に選出され、また映画文化に対しての永年にわたる功労に対して贈られるベルリナーレ・カメラを受賞、閉会式での贈賞に向けて再びベルリンの土を踏んだ。2年前に『母べえ』で来訪していた時に故市川崑監督の訃報に接し、その市川監督へのオマージュの意味も込めて撮った本作を携え、市川監督もかつて受賞した賞を受ける(*市川監督は2000年受賞)ことに運命的なものを感じると記者会見で語った山田監督。クロージング上映後の鳴り止まぬ拍手を受け、「一生の宝物」と興奮冷めやらぬ面持ちで語った。また山田監督は阿部勉監督、立命館大学の学生たちとの共同制作作品『京都太秦物語』がフォーラム部門に出品されていたこともあり、タレントキャンパスに講師として招かれ、自身の過去の仕事や立命館の学生たちとの共同作業について世界中から集ったタレントキャンパス参加者の前で講演を行った。
 ウルリッヒ・グレゴール、エリカ・グレゴール夫妻も今回のベルリナーレ・カメラの受賞者であった。1971年ヤング・フォーラム(現在のフォーラム部門)を創設、世界中の野心的・独創的な作品を類まれなる情熱で紹介し続けてきた夫妻のご尽力のもと、日本作品も数多く旅立っていった。夫妻が今回の受賞に当たって記念上映作品に選んだのは第一回フォーラムで紹介された大島渚監督『儀式』。即座に浮かんだとのことであり、夫妻の日本映画への思いが伝わってくるうれしい選択であった。
 破天荒な経歴と独特の作風の若松監督と、松竹の良き伝統を受け継ぎ、大衆を描き続けてきた山田監督。非常に対照的な作風とバックグラウンドを持つ70代の巨匠ふたり。そのふたりが今年のベルリンで輝かしい成果を残したことは日本映画界の多様性を象徴していたと言って良いだろう。
 

パノラマ部門他

 パノラマ部門には『ゴールデンスランバー』と『パレード』の二作品が出品された。パノラマ部門は世界各国の実績のある監督の新作や世界のアート映画の趨勢を一覧できる、ショーケース的役割を担う部門で、ドキュメンタリーなども上映されるが、近年の日本からの出品作はエンターテインメント色を兼ね添えた実力作が多い。今回はどちらも現代を舞台にした人気作家によるベストセラーの映画化である。『ゴールデンスランバー』は伊坂幸太郎原作、首相暗殺事件の犯人とされた主人公が多くの協力者や運に恵まれ、幾多の困難を乗り越え生き延びるストーリー。いささか出来過ぎている感もなくはなく、結末はハッピーエンドとは言いがたいが、鑑賞後にほろ苦くも爽快な後味を残す。中村義洋監督は新作の撮影中のため来訪がかなわなかったが(公式上映時にはビデオレターで観客に挨拶。笑いを誘った)、主演の堺雅人氏とプロデューサー2名が参加、舞台挨拶に臨んだ。堺氏は旬の俳優特有の輝かしいオーラを放ち、日本人観客のみならず現地の人々をも魅了した。
 『パレード』は20日の公開を控えているため、キャスト一同の映画祭参加とはならず、行定勲監督ひとりの来訪となった。行定監督作品のベルリン出品は『GO』(2002)、『きょうのできごと』(2004)に続き三作目、いずれもパノラマ部門への出品。『パレード』では東京で共同生活を営んでいる背景も年齢もそれぞれに異なる4人の20代の男女の中に男娼の少年が舞い込んでくることによって彼らの優しくて表層的な関係性の微妙なバランスが少しずつ崩れ、そして異分子であったはずの少年がその一見居心地の良い空気に飲み込まれてもゆくさまが描かれている。上映後の質疑応答で東京の希薄な人間関係やタイトルに込められた意味等、的確な質問に対しそれぞれに説得力のある監督の回答に観客は沸き立った。パレード、というタイトルの解釈には苦労したと語った行定監督。同作は日本公開前日に国際批評家連盟賞を獲得、幸先の良いニュースとともに公開初日を迎えた。
 フォーラム部門出品作の関係者も皆、映画祭に参加。松田龍平氏(『蟹工船』主演)・翔太氏(『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』)兄弟の同時訪問も日本のマスコミを賑わせた。またフォーラム部門内での小特集・島津保次郎監督3作品も好評を博していた。

◆60回記念レトロスペクティブ◆

 膨大な数の新作を追いかけるので精一杯なのが巨大映画祭の常であるが、ベルリンのレトロスペクイティブ部門の充実ぶりは定評があり、確実に固定ファンを有している。今年の60周年記念レトロスペクイティブは‘PLAY it again...!’と銘打ち、かつてベルリンで上映された40本余りの名作が贅沢に勢揃いした、映画好きにはまさに垂涎もののプログラムであった。セレクションを担当したのはアメリカ在住のイギリスの映画評論家デヴィッド・トムソン。映画祭の歴史を代表する作品を選出するにあたって外部からの客観的視点を期待されての抜擢であった。
 『愛のコリーダ』(大島渚)、『生きる』(黒澤明)、『夜』(ミケランジェロ・アントニオーニ)、『河』(ジャン・ルノワール)、『勝手にしやがれ』(ジャン・リュック・ゴダール)、『ディア・ハンター』(マイケル・チミノ)、『紅いコーリャン』(チャン・イーモウ)、『マグノリア』(ポール・トーマス・アンダーソン)、『シン・レッド・ライン』(テレンス・マリック)、『セントラル・ステーション』(ウォルター・サレス)、『マグノリア』(ポール・トーマス・アンダーソン)・・
 かつてベルリンで「仕事で来ているのでなかったら、ひたすらレトロスペクティブに通い続ける」と言った記者がいたが、同じ思いを抱いている人は少なくないであろう。今年の上映作品の中で何本が「60年後に観ても傑作」(もしくは「60年後に観たら傑作」)なのだろうか。




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