公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ベルリン国際映画祭 2018/2/15-25
  Internationale Filmfestspiele Berlin

 

**受賞結果**
金熊賞 『Touch me not』 Adina Pintilie 監督
銀熊賞 審査員賞 『Mug』 Malgorzata Szumowska 監督
最優秀監督賞 Wes Anderson監督(『犬が島』)
最優秀女優賞 Ana Brun (『The Heiresses』 Warcelo Martinessi監督)
最優秀男優賞 Anthony Bajon (『The Prayer』Cedric Kahn監督)
最優秀脚本賞 Manuel Alcala & Alonso Ruizpalacios(『Museo』)
芸術貢献賞 Elena Okopnaya (for the costume and production design in 『Dovlatov』,Alexey German Jr. 監督)
アルフレート・バウアー賞 『The Heiresses』 Marcelo Martinessi 監督
最優秀新人作品賞 『Touch Me Not』 Adina Pintilie 監督
**Special Mention 『An Elephant Sitting Still』 Hu Bo監督
国際批評家
連盟賞
コンペ部門 『The Heiresses』Marcelo Matinessi 監督   
パノラマ部門 『River’s Edge』 Isao Yukisada 監督
フォーラム部門 『An Elephant Sitting Still 』Hu Bo 監督
Berlinale Camera
(貢献賞)
Beki Probst(ヨーロピアン・フィルム・マーケット/スイス)
Katriel Schory (イスラエル・フィルム・ファンド/イスラエル)
Jiri Menzel (監督・俳優/チェコ共和国)
Honorary Golden Bear
(金熊名誉賞)
Willem Defoe(俳優/USA)

(『』内は英語題名) *日本からの出品作品はこちらから



**概観**

オープニング作品、『犬が島』。
観客・プレスともに大好評を博した。

第68回ベルリン映画祭はウェス・アンダーソン監督による『犬が島』で幕を開けた。アメリカ映画ではあるが、全編近未来の日本(の架空の地)を舞台にしたストップモーション・アニメーションで、日本の俳優も多数声優として出演している。その中で夏木マリ氏と野田洋次郎氏が現地に赴いた。アンダーソン監督らしいユーモアと風刺に富んだ同作はオープニング上映はもちろんのこと、数回行われた一本上映も大好評を博し、監督賞を受賞。主演声優のビル・マーレイ氏が監督に代わってトロフィーを受け取った。今回のこの華々しい開幕までの道のりは平坦ではなかった。前回の映画祭後にベルリン映画祭ディレクターの交代及び映画祭そのものの変革を求めて、ドイツの映画監督ら映画人がドイツの文化大臣に文書を提出、一部の世論もそれに呼応して事態は紛糾した。そして現ディレクターであるディーター・コソリック氏が現在の契約(2019年の回までの任期)を更新することなく、任期満了をもって退くということで一応の決着をみた。この件に関してはドイツ内でもいろいろな意見があるそうで、ベルリン映画祭タレント・キャンパス(現・ベルリナーレ・タレント)の創設をはじめ、企画プロジェクト支援やマーケット機能の充実など、コソリック氏のさまざまな功績を強調する意見もある一方で、ベルリン映画祭の出品作品(特にコンペティション部門)の弱体化や長期政権(コソリック氏は2002年に就任)化への是非を問う声なども少なくない。映画祭に併設されているヨーロピアン・フィルム・マーケットは順調で、今回はマーケット参加者が112か国から10,000人以上という参加者数記録を更新した。このマーケットを長年にわたって率いてきたBeki Probst氏が今回をもって映画祭を去った。80年代、まだ東西ドイツが分かれている頃から映画祭に寄与してきたProbst氏の功績に対し、名誉賞であるベルリナーレカメラが授与された。パノラマ部門はやはり長期間、「パノラマ部門の顔」として人々の尊敬を集めてきたWieland Speck氏が前回をもってその職を辞し、今回からは新チームでの運営がスタートしていおり、世代交代も進んでいる。この夏にはコソリック氏後のディレクターが任命される予定だとのことで、それに伴う機構改革も予想される。要注目である。


映画祭をめぐる一連の騒動はベルリン市民にはそれほど影響があったようには見えず、いつもどおりチケット売り場も会場も、そして公式グッズ売り場も人で溢れかえっていた。

メインのコンペティション部門には19本が出品された。出品監督の内訳は欧州12、北米3、中南米2、アジア2で、欧州勢が圧倒的多数派な年であった。野心作、まずまず見応えのある作品も見受けられたものの、業界紙等では全体的には物足りないといった論調の記事が目立った。最高賞の金熊賞を受賞したのはルーマニアの新人監督、アディナ・ピンエリッティ監督の『タッチ・ミー・ノット』。身体的な接触に矛盾した感情を抱く現代人を描いた今作の下馬評は低く、かなり意外な結果として受け止められた。今回の審査員会議は相当長時間にわたったと聞く。審議を尽くし、(映画祭開幕時に、審査員団が記者会見で語っていたように)‘芸術性に重きを置いた’結果に行き着いたのだろう。次席にあたる審査員賞にはポーランドのマウゴシュカ・シュモフスカ監督の『Mug』が選出された。上位ふたつの賞を女性監督が占めたのは三大映画祭では初めてではないだろうか。

今回は坂本龍一氏が審査員のひとりに名を連ねていた。ベルリン映画祭のコンペティション部門に日本人審査員が抜擢されたのは久しぶりである (2001年の平野共余子氏以来)。 坂本氏はワークショップ、「ベルリナーレ・タレント」においても特別講師を務めたり、坂本氏がニューヨークで開催した、一公演の観客が100人のみという特別ライブの模様を映像化した、『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK:async』がベルリナーレ・スペシャル部門で上映されたり、後述する『東京暮色』上映時に前説を務めたり、と今回のベルリン映画祭でその存在感を如何なく発揮していた。




**日本映画**

残念ながら今回は日本映画のコンペ部門入りはなかったが、他の多くの部門にわたって多数の作品が出品され、出品作品関係者も多数ベルリン入りしており、むしろ日本映画が非常に賑やかな年との印象が強い。映画祭のオープニングを飾ったウェス・アンダーソン監督によるストップモーション・アニメーション作品『犬が島』は架空の日本を舞台とした、監督の日本愛に溢れた作品であった。パノラマ部門のオープニング作品も行定勲監督の『リバーズ・エッジ』であった。行定監督はベルリン映画祭パノラマ部門に『GO』『きょうのできごと』『パレード』で参加歴のある、常連の監督である。今回は同作の日本公開を目前に控えていた関係から、監督もキャストもごく短い滞在になってしまったが、ベルリンでの反響の大きさに手ごたえを感じたと満足げであった。結果、行定監督作品としては『パレード』(2010年)に続く二度目のパノラマ部門国際批評家連盟賞を受賞した。

『予兆 散歩する侵略者』上映後、
質疑応答に応じる黒沢清監督(左)

同じくパノラマ部門に出品されたのが黒沢清監督の『予兆 散歩する侵略者』。黒沢監督のベルリン入りは『クリーピー 偽りの隣人』以来の二年ぶりで、回を重ねるごとに現地でのファンを増やしている感がある。フォーラム部門はいつも以上に賑やかな回となった。昨秋のPFF(ぴあフィルムフェスティバル)の入選作『あみこ』(山中瑤子監督)と『わたしたちの家』(清原惟監督)はともに20代の女性監督による作品。20歳の山中監督はベルリン映画祭における長編映画正式出品作品の最年少記録を更新した。この二作はベルリン映画祭以後の多くの映画祭から招待を受けているとのことである。

『港町』上映後、観客と語らう
想田和弘監督・
柏木規与子プロデューサー

すでにベテランの風格が出てきた想田和弘監督によるドキュメンタリー作品、『港町』もフォーラム部門の話題の一作であった。同監督はデビュー作『選挙』(2005年)のワールドプレミア上映がベルリン映画祭だったため、同映画祭には特別の思いがあるという。『精神』(2009年)以来の出品となった今回もベルリンの観客を大いに魅了し、各上映後には活発な質疑応答が繰り広げられた。また、フォーラム部門の特集として‘A Pink Tribute to Keiko Sato’(佐藤啓子へのピンク映画の賛辞)が組まれた。ピンク映画は60−70年代を中心に監督の登竜門としても重要な役割を果たしていた日本独特のジャンルである。近年は国際映画祭においても注目が高まり、ここ10年ほどのあいだで何度か小特集も組まれている。今回は朝倉大介のネーミングで50年以上にわたって1,000本以上の映像作品をプロデュースした伝説的存在である、国映株式会社代表・佐藤啓子プロデューサーに焦点をあてた特集であった。残念ながら佐藤氏の来独は叶わなかったが、特集では大和屋竺監督『荒野のダッチワイフ』、足立正生監督『噴出祈願15歳の売春婦』、周防正行監督のデビュー作『変態家族 兄貴の嫁さん』の3本が4Kでデジタル修復されて世界で初披露された。

ほぼ毎年、日本映画が登場するようになっているジェネレーション部門には、今作が長編一作目となった富名哲也監督が全編佐渡島で撮影した『Blue Wind Blows』が出品された。父親がバケモノに連れ去られたと信じている少年とその家族を描いた同作は、佐渡島のミステリアスな雰囲気と相まって、独特の不可思議さを醸し出していた。上映後の質疑応答にはどの回も監督やスタッフ・キャストが応じ、ベルリンの子どもたちはもちろん、大人の観客からさまざまな質問が飛ぶ中、それぞれの質問に誠意をもって答えていた。また同作はBerlinale Goes Kiez部門にも選出された一本でもあった。Berlinale Goes Kiezとは2010年にスタートした地元の映画好きのためのプログラム。ベルリン映画祭の出品作品の中から選出した作品を毎日数本ずつ、7つの劇場で一週間かけて上映してゆく。今回は長編17作品に短編5作品が選出された。日本からこのプログラムに招かれたのは開始以来、『Blue Wind Blows』が初めてとのことであった。

『Blue Wind Blows』チーム。
左から出演者/内田也哉子氏、田中日月氏、
田中椿氏、冨名監督、畠中美奈プロデューサー
  
 『Blue Wind Blows』
上映会場に集う小学生たち

  


クラシック部門に上映されたデジタル復元版『東京暮色』は、小津作品への敬意を惜しまないヴィム・ヴェンダース監督と坂本龍一氏による前説付きという贅沢なプログラムであった。機知に富んだふたりの解説で大いに盛り上がった後に、見事に復元された美しい映像での上映に満員の観客は満足げに見入っていた。
『東京暮色』の前説をする
ヴィム・ヴェンダーズ氏(中央)、
坂本龍一氏(右)
  
 
4K修復された『東京暮色』

  

会期半ばに飛び込んできた俳優・大杉漣氏の訃報は、ベルリン映画祭を訪れていた多くの日本人に大きな衝撃を与えた。大杉氏は北野武監督作品中をはじめ、国際映画祭においてもスクリーンでその演技を観る機会は少なくなかった。黒沢清監督は『予兆 散歩する侵略者』の上映前に行われた記者会見でもこの訃報に言及し、故人に思いを寄せた。大杉氏とは30年以上前からのつきあいになるという。『予兆〜』にも非常にインパクトのある役柄で出演しており、またピンク映画特集の中の一本、『変態家族 兄貴の嫁さん』においては30数年前の姿が映し出されていた。図らずもベルリン映画祭において、その出演作を観ながら大杉氏を偲ぶことになってしまったのが悲しく、残念でならなかった。









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