公益財団法人川喜多記念映画文化財団

千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル

国際交流

映画祭レポート


◇第66回 サン・セバスチャン国際映画祭 2018/9/21-29
  Donostia Zinemaldia Festival de San Sebastian
   International Film Festival

 

**受賞結果**
GOLDEN SHELL
(金の貝殻賞=最優秀作品賞)
『BETWEEN TWO WORLD』  by ISAKI LACUESTA (SPAIN)
SPECIALJury Awards
(審査員賞)
『ALPHA, THE RIGHT TO KILL』 by BRILLANTE MENDOZA (PHILIPPINES)
SILVER SHELL
(銀の貝殻賞:最優秀監督賞)
BENJAMIN NAISHTAT (『ROJO』)
by BENJAMIN NAISHTAT (ARGENTINA - BELGIUM - BRAZIL - GERMANY - FRANCE - SWITZERLAND)
SILVER SHELL
(銀の貝殻賞:最優秀女優賞)
PIA TJELTA (『BLIND SPOT』 by TUVA NOVOTNYでの演技に対し)
SILVER SHELL
(銀の貝殻賞:最優秀男優賞)
DARIO GRANDINETTI  (『ROJO』 での演技に対し)
最優秀脚本賞 PAUL LAVERTY (『YULI』 by ICIAR BOLLAINの脚本に対し)

LOUIS GARREL, JEAN-CLAUDE CARRIERE
『A FAITHFUL MAN』 by LOUIS GARRELの脚本に対し)
KUTXA NEW DIRECTORS’ AWARD(最優秀新人監督賞) 『僕はイエス様が嫌い』 奥山大史監督

*SPECIAL MENTION
『JOURNEY TO A MOTHER'S ROOM』
by CELIA RICO CLAVELLINO (SPAIN - FRANCE)
観客賞 『ANOTHER DAY OF LIFE』
by RAUL DE LA FUENTE, DAMIAN NENOW (SPAIN - POLAND - BELGIUM- GERMANY)
観客賞(ヨーロッパ映画) 『GIRL』 by Lucas DHONT (BELGIUM - NETHERLANDS)
国際批評家連盟賞 『HIGH LIFE』 by Claire DENIS (FRANCE - GERMANY - UK - POLAND - USA)
Donastia Award(功労賞) Judi Dench, Danny DeVito,是枝裕和

 *日本からの出品作品はこちらから

 

**概観**

今年のサン・セバスチャン映画祭は会期を通して好天に恵まれた。地元の人は「とにかく雨が多い」と言うが、にわかに信じがたいほどに今回は快適であった。サン・セバスチャン市は大西洋に面したスペイン北部バスク地方に位置し、海と山が間近にあり、貝殻の形をしたコンチャ海岸は街の象徴でもある。同映画祭の最高賞はConcha de Oro(Golden Shell=金の貝殻賞)とコンチャ湾にちなんで名付けられている。また、世界屈指の美食の町としてその名を轟かせており、食が主目的の観光客も多数訪れる。映画祭のメイン会場はピンチョス・バルの集中する旧市街から至近なため、上映の合間にバルで美味な食事を堪能できるのも同映画祭を訪れる魅力のひとつであろう。各種の文化イベントも年間を通じて多数開催されている文化都市でもある。

 
「映画祭広場」から望むメイン会場、
クルサール(奥)。日が落ちかかると
美しくライトアップされる

映画祭のメイン会場であるサン・セバスチャン市の誇る文化複合施設、クルサールにはふたつの大きな上映会場に加え、プレスオフィスやインダストリー・クラブ、公式グッズ販売所といった機能が備わっており、各種レセプションも行われる。クルサール以外の各会場やゲストの宿泊するホテルもほとんどが徒歩圏内にあり、サン・セバスチャン市はそれなりの広さがあるが必要な施設はコンパクトにまとまっている。スペイン語圏で最大の映画祭なだけに、近隣のヨーロッパ諸国に加えてスペイン語を母国語とする中南米からの出品作、参加者が非常に多い。が、アジア圏からも距離に比してまずまずの参加のように見える。業界関係者として参加すると、「インダストリー・クラブ」への出入りが自由となる。「インダストリー・クラブ」ではラテンアメリカとヨーロッパとの共同制作を推進すべく企画マーケットでの賞を提供したり、セールスの場としての機能も果たしている。


 

クルサールから徒歩数分の場所に位置するビクトリア・エウヘニア劇場脇の広場は、映画祭期間中は特別モニターが設けられ、クルサールでの記者会見の模様や到着したスターの姿などが映し出されたりしており、「映画祭広場」の様相を呈している。市民や観光客と思われる人々が足を止めてモニターに見入ったり、鑑賞した映画について広場内のベンチで語ったりしている様子が垣間見られた。各会場や道沿い、店先などには映画祭の種々のポスター(部門ごとに異なる)やバナーが飾られており、町中が映画祭モードに包まれている。町の人と話す機会が何度かあった中で、映画祭の存在を大いに歓迎しているとの意見がとても多かった。日本人の監督からも「街を歩いていると、お客さんがどんどん声を掛けてくれ、熱心に映画の感想を言いに来てくれた」といった話を聞いた。街と一体感のある映画祭。映画祭のあるべき姿をみているように思われた。

映画祭を楽しむ人々で賑わう「映画祭広場」
 町のあちこちにバナーがはためく





**日本映画**

盛大な拍手で是枝監督の受賞を祝う
観客の人々
 ホテル・マリア生涯功労賞の
トロフィーを受け取った是枝監督。
ティリー・フレモー氏(中央)と
ホセ・ルイス氏(右)に讃えられる  

今回は例年以上に日本映画及び監督が存在感を示した回であった。まずは是枝裕和監督のドノスティア賞(生涯功労賞)の受賞である。欧米を中心とした錚々たる映画人が授与されてきた同賞の、日本人としてはもちろん、アジア人としても初の受賞者となった。是枝監督は先のカンヌ映画祭でのパルム・ドール受賞でさらにその知名度を上げたが、サン・セバスチャンでは常連監督として、1998年の『ワンダフルライフ』以来コンスタントに作品が上映され、監督本人も何度も映画祭を訪れており、インタビューでも「特別な思い入れのある映画祭」として頻繁にサン・セバスチャンを挙げている。コンペ部門での出品に加えて、パールズ部門(他の映画祭にすでに出品済みであっても、プログラマーがあえて選んだ作品で構成される)への出品も多かった。『そして父になる』と『海街ダイアリー』で観客賞を二度獲得。『ワンダフルライフ』で国際批評家連盟賞、『奇跡』で脚本賞も受賞している。サン・セバスチャンの人々にとっては納得の功労賞受賞といえるだろう。受賞式は壮麗なビクトリア・エウヘニア劇場で行われ、プレゼンターはカンヌ映画祭のアーティスティック・ディレクターのティエリー・フレモー氏とサン・セバスチャン映画祭ディレクター、ホセ・ルイス氏が務め、是枝監督を讃えた。贈賞前に流れた是枝監督の過去作を編集したビデオも出色であった。授賞スピーチでは是枝監督が故・樹木希林さんに言及し感極まるシーンもみられ、リリー・フランキー氏にハンカチを手渡される一幕もあった。受賞式に続いて『万引き家族』が上映され、サン・セバスチャン映画祭における9作目の是枝作品となった。是枝監督は新作準備中のフランスからの来訪で、二日間ほどの短い滞在であったが、今回も映画祭を満喫していたようである。

記者会見に臨む是枝監督とリリー・フランキー氏



上映後、観客からの質問に答える
奥山大史監督

新人監督部門に奥山大史監督の長編初監督作品『僕はイエス様が嫌い』が日本映画としては砂田麻美監督の『エンディングノート』以来7年前ぶりに選出され、世界各国から選ばれた15作の中から最優秀新人監督賞を獲得したのも喜ばしいニュースであった。同部門へは長編一、二作品目の作品に応募資格がある。奥山監督は22歳という若さで、同賞の最年少受賞者でもあるという。ちなみに日本人の同賞受賞は1998年の高橋陽一郎監督の『水の中の八月』以来、20年ぶり2人目であった。『僕はイエス様が嫌い』の満員の公式上映は会場が大いに沸き、映画祭スタッフも驚くほど多くの人が質疑応答に残り、質問の途絶えることがなかった。また、同作は新人監督部門の作品を対象に18−25歳の審査員の投票によって決まる「ユース賞」の次点でもあった。海外映画祭初出品で栄誉を手にした奥山監督は、次回作で再びサン・セバスチャンに戻って来たいとの抱負を力強く語っていた。


細田守監督は『未来のミライ』で2015年以来、二度目のサン・セバスチャン入り。日本のアニメーションの人気も高い同映画祭において、すでに固定ファンを獲得した感がある。サン・セバスチャン映画祭を特徴づける人気部門であるキュリナリー映画部門には、シンガポールのエリック・クー監督が日本人キャストとともに作り上げた『ラーメン・テー』が入った。同作はシンガポール・日本の外交樹立50周年記念作品でもある。作品からインスパイアされた料理を著名なシェフが創作し、上映後にふるまうという回は大好評を博しており、当然、ディナー付きチケットの入手は至難の業である。『ラーメン・テー』のディナーはシンガポールの著名シェフによるシンガポール料理であった。日本人キャストの斎藤工氏、松田聖子氏も来訪し、上映を盛り上げた。また『リトル・フォレスト』(森淳一監督/2014年春夏編・2015年冬春編)の韓国リメイク版も森監督のオリジナル版二作に続いて同部門に出品され、上映後はバスクと韓国人シェフによる韓国料理のディナーが用意され、日本酒も供されたという。尚、メインコンペティション部門には河P直美監督作の『VISION』が出品されたが、残念ながら河P監督の来訪はキャンセルとなり、主演のジュリエット・ビノシュが作品上映に立ち会った。


サン・セバスチャン映画祭は数々の報道や参加した人々の口コミでその魅力が伝わり、近年、熱心に出品を願う日本人制作者がとみに増えている印象がある。そして今回の久しぶりの新人部門への選出・受賞に映画祭側も喜びを露わにしていた。選考委員もここ数年欠かさず来日をし、日本の映画関係者と連絡を取り合ったり、作品の鑑賞に勤しんだりと日本映画への興味を示し続けている。来年以降も制作者、映画祭双方にとって良き結果が出続けて欲しいものである。





映画祭情報トップページへ