コラム vol.6

「西部劇は面白い!!」 (第五回)   魔 久平


 西部劇の見せ場の一つに“酒場”がある。主人公がスイングドアーを開けて颯爽と入ってくる。“酒場”では一癖も二癖もありそうな人相の悪い大男たちがポーカーをしている。主人公がカウンターに進むと、バーテンがウイスキーの瓶を滑らせてくる。これだけで、観客はゾクゾクする。主人公はテーブルに座り、ポーカーの仲間入りをして、イカサマを暴く。途端に大喧嘩になり、テーブルはひっくり返されるし、殴られた大男がカウンターの中まで飛ばされて、後ろに並べられている酒瓶をこなごなに壊してしまう。“酒場”中めちゃくちゃになって、バーテンダーは頭を抱え込む。こんな非日常的な格闘シーンは観客の日頃のストレスを吹き飛ばしてくれる。

 また“酒場”には魅力的な女優さんが扮する“歌姫”がいて、歌を歌って楽しませてくれる。別に裸になるわけでもなく、ちょっとガーターを見せるくらいのものだが、そのお色気に酔わされる。この“歌姫”は大抵の場合、主人公と恋仲になって、主人公を匿ったり、主人公を襲おうとしている悪漢を後ろから酒瓶で殴り倒したりする。西部劇の“酒場”の“歌姫”は、過去に裏世界を経験している男勝りの気丈夫であることが多い。そんな“歌姫”見たさに映画館に足を運んだ人も多かった。

 西部劇の主人公も、大抵の場合、裏社会の出身者で、酸いも甘いも知り尽くした粋な人物として設定される。過去に銀行強盗など悪い事をしていたり、他人を何人も殺めたりしている。普通のドラマなら、悪人の設定で、主人公に追い詰められる人物の役どころだ。最後に改心したとしても、この設定だとラストシーンで殺されるのが関の山だ。しかし、西部劇では、こんな人物が英雄となる。多少過去に悪い事をしていても、勇気があって、卑怯なことをしなければ英雄となりうるのだ。過去に修羅場を踏んでいた方が、かえって、卑怯で強大な力をもつ悪に対抗することが出来るという理屈だ。有名な「シェーン」の主人公などはこの典型的な例である。

 西部劇ではバックの風景がまた素晴らしい。雄大な岩山に囲まれたあの広々とした平原が出てくるだけで、われわれの心は豊になった。あのような景色は日本では見られない。その平原を疾走する駅馬車や、牛を追っていくカウボーイの姿には詩情さえ感じた。しかし、この風景も、いかにアメリカが広いとはいえ、そう幾つもあるわけでもないらしい。西部劇を見続けていると、同じ岩山が何度も出て来る。「この岩山前に見たことがある!」こんな発見をするのも西部劇を見る楽しさの一つだった。まあ、いずれにしろ、毎日、生活に追われてあくせくしているわれわれにとって、こんな世界に遊んでみるのも一興だと思う。西部劇の復活を切に望む。(続く)





「コラム」トップページへ

Home  お問い合わせ| ©Kawakita Memorial Film Institute All Rights Reserved.