公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ヴェネチア国際映画祭 2014/8/27-9/6
  Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica

 

**受賞結果**
金獅子賞
(最優秀作品賞)
A PIGEON SAT ON A BRANCH REFLECTING ON EXISTENCE
by Roy Andersson  (Sweden, Germany, Norway, France) 
銀獅子賞
(最優秀監督賞)
Andrej Koncalovskij
(THE POSTMAN’S WHITE NIGHTS)に対して (Russia)
審査員グランプリ
THE LOOK OF SILENCE
Joshua Oppenheimer  (Denmark, Finland, Indonesia, Norway, UK)
審査員特別大賞 SIVAS
Kaan Mujdeci (Turkey, Germany)
最優秀男優賞 Adam Driver
HUNGRY HEARTS Saverio Costanzo (Italy) での演技に対し
最優秀女優賞 Alba Rohrwacher
HUNGRY HEARTS Saverio Costanzo (Italy) での演技に対し
MARCELLO MASTROIANNI賞
(最優秀新人俳優賞)
Romain Paul
LE DERNIER COUP DE MARTEAU Alix Delaporte (France) での演技に対し
最優秀脚本賞 Rakhshan Banietemad, Farid Mostafavi
TALES  by Rakhshan Banietemad (Iran) に対し
LION OF THE FUTURE
“LUIGI DE LAURENTIIS”
VENICE AWARD
(最優秀第一作監督作品賞)
Court
Chaitanya Tamhane (India)
オリゾンティ部門最優秀作品賞 Court
Chaitanya Tamhane (India)
GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT
(生涯功労賞)
Thelma Schoonmaker, Frederick Wiseman
JAEGER-LECOULTRE GLORY TO THE FILMMAKER
(監督ばんざい!賞)
James Franco
Venezia Classici Awards
最優秀ドキュメンタリー賞
ANIMATA RESISTENZA Francesco Montagner, Alberto Girotto
Venezia Classici Awards
最優秀復元賞
UNA GIORNATA PARTICOLARE Ettore Scola

(『』内は英語題名) *日本からの出品作品はこちらから

 

**概観**

今年のポスターは
トリュフォー監督作
『大人はわかってくれない』
がモチーフ
 

 スペインの人気監督、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督のコメディ作品『Birdman』で幕を開けた第71回ヴェネチア映画祭。同作は観客・批評家どちらの受けも上々、幸先の良いスタートとなった。今回の公式ポスターはフランソワ・トリュフォー監督の1959年の作品である『大人は判ってくれない』のワンシーンがモチーフとなっている。昨年のアンゲロプロス監督作『永遠と一日』&フェリーニ監督の『そして船は行く』に引き続き、なんとなく見覚えはあるのだが、なんだろう?と思わせるつくりで洒落ている。

 アルベルト・バルベラ氏が映画祭ディレクター職に就いて3年目の今回、バルベラ氏のカラーが鮮明になったと言って良いだろう。映画祭が作品の劇場公開にあたってアピールの場として活用されることを歓迎しつつも、「それでも新たな才能の発掘と育成、という映画祭の基本使命を改めて思い出すべき」と記者会見において語ったとおり、バルベラ氏の選択は既存の巨匠クラスの監督の良作とともに、新人、もしくはそれに近い作り手の意欲作を各部門で積極的に紹介、今回のコンペ部門ラインナップの中には3大映画祭のコンペ初参加者が7人にものぼった。たとえばコンペティション部門の一作『Silva』は、トルコのカーン・ミュデジ監督の長編デビュー作。バルベラ氏は同監督を「たいへんな才能の持ち主」と映画祭前に称えていたが、その言葉を裏付けるように同作は審査員特別賞を受賞した。また「総出品本数を55本に抑えたい」とも公式に語っていたバルベラ氏。すべての部門に統括者の目が行き届き、丁寧に選出・上映されている様子が伝わってくる。多くの映画祭が‘拡大’を目指すのに対し、いたずらに「大きいことは良いこと」としない気概、それに見合う濃く充実したプログラムはまさにバルベラ氏のカラーとしてイタリア国内外のメディアから好意的に受け止められていた。一方で華やかさに欠けるとの声もあった。いわゆるハリウッドスターも登場することはしたが、アル・パチーノをはじめ渋めの演技派揃いで、落ち着いたレッドカーペットシーンが目立った。女優メインの作品がとても少なかったことも今回、全体的に地味な印象を与えた一因であろう。それはそれで良いと思うが。

 コンペ作品は20本で、そのうち4本をフランス映画が占めたのが今回の特徴のひとつ。オープニング作品『Birdman』やジョシュア・オッペンハイマー監督のドキュメンタリー『The Look of Silence』などが本命視され、歴史の検証ともいうべきテーマを扱った作品が複数登場する中、最高賞である金獅子賞はロイ・アンダーソン監督の『A PIGEON SAT ON A BRANCH REFLECTING ON EXISTENCE』が受賞した。スウェーデン映画として初のヴェネチア映画祭金獅子受賞とのことである。シュールで、絶妙なブラックユーモアに満ちた秀作であるが、決して万人に受けるわけではない作品。審査員満場一致というわけではなかったのではと推測できる。審査委員長を務めたフランスの作曲家アレクサンドル・デスプラ氏(『アルゴ』『グランド・ブダペストホテル』『ゴジラ』の音楽など)が「政治的、哲学的、詩的、人間的な作品に重点を置いた」と述べた通り、受賞結果一覧をみるに過酷な歴史・現実に向き合ういわゆる社会派作品より、創造性に富んだ作品に軍配が上がったといえる。

 ヴェネチア映画祭の目下の弱点はフィルムマーケットであろう。バルベラ氏の就任と共に開始された企画であるが、数日後に業界関係者の注目を集め、実際に参加者も多いトロント映画祭が控えていることもあり、伸び悩んでいる。何かしらの方向転換なりが必要なように思われるが、苦しそうである。ヴェネチア映画祭には、ヴェネチア・リド島という土地の持つ独特の風情と、長い年月をかけて醸造された文化によって、特別な趣きに包まれている。いわゆる三大映画祭の一角を占めているとはいえ、鷹揚として優雅、のどかささえ漂わせており、言うまでもなくこの魅力は一朝一夕で形成できるものではない。あえてビジネスモードを作り出そうとするよりは、そのヴェネチアならではの魅力を生かした発展を願ってしまう。



**日本映画**

『野火』記者会見
 
公式上映前にくつろぐ
『野火』のメンバー
 

 コンペティション部門<Venezia 71>に日本からは塚本晋也監督『野火』が出品された。過去にも6作品をさまざまな部門に出品、二度も審査員も務めるなど塚本監督とヴェネチア映画祭との縁は非常に深い。『六月の蛇』(02年)ではコントロコレンテ部門で審査員特別大賞、『KOTOKO』(11年)ではオリゾンティ部門のグランプリを受賞している。意外にもメインのコンペティション部門出品は今回が2度目とのこと。20本のコンペ部門作品のうち、数少ないアジア映画の一本でもあった。『野火』は大岡昇平による同名の戦後文学の傑作小説が原作で、市川崑監督による映画化作品(1959年)がすでに存在する。が、塚本監督は市川版に敬意を表しつつも自作を「リメイクではなく、大岡昇平小説の映画化」とし、20年以上構想を持ち続け、満を持しての映画化を実現させたという。第二次世界大戦の終戦を前に、フィリピンの孤島に取り残された兵士たちの壮絶なサバイバルを描いた『野火』。市川版が精神面を描くことに注力したのに対し、塚本監督による今作はよりダイレクトな映像描写が特徴。戦場での凄惨なシーンと、舞台となるフィリピンの自然の壮大さ・厳粛さを対比させ、人間の卑小さ・愚かさを浮き彫りにした。グロテスクとも取れる描写や、激しい暴力シーンに抵抗を表す記者・観客もおり賛否両論ではあったが、トータルでは圧倒的な気迫に満ちた同作へは支持の声の方が多いように感じた。金獅子賞候補に挙げていたメディアもあったほどで、特に地元イタリアのプレスの評価が高かった。結果、受賞には至らなかったものの、十分な存在感を示したと言える。

 日本国籍の映画’としては『野火』とクラシック部門の『彼女だけが知っている』のみの出品となったが、オリゾンティ部門にてオムニバス作品『Words with Gods』中の一編として、中田秀夫監督作品の短編作品が上映された。同作は宗教とスピリチュアリティをテーマにした9本の短編からなる作品で、『21グラム』『バベル』を手がけたメキシコ人脚本家ギジェルモ・アリアガ氏が総合プロデュース、音楽はピーター・ガブリエルが担当。エミール・クストリッツァ、バフマン・ゴバディ、アモス・ギタイ、ミラ・ナイールといった錚々たる監督らが参加し、上映前から注目が集まっていた。中田監督による『四苦八苦』は、東日本大震災による津波で妻と2人の幼い子供、家と全てを失った漁師の絶望と再生の物語。まだヴェネチアの人々の中にも映像等を通して触れたであろう震災の記憶が鮮明なのか、背筋を伸ばして食い入るように画面を見つめている多くの観客の人々の姿が印象的だった。また、やはりオリゾンティ部門に出品されたホン・サンス監督作『自由が丘にて』は韓国映画であるが、加瀬亮氏が堂々の主演。舞台はソウルで、全編ほぼ英語というホン監督の冒険心、遊び心も感じられる一品であった。「自由が丘」が’Hill of Freedom’と訳されているのは軽い衝撃(?)であった。たしかにその通りなのだが、考えてみたこともなかっただけに…。



**クラシック部門**

幻想的にライトアップされた
夜のメイン会場
 
『野火』レッドカーペット風景。
映画祭ディレクター、
アルベルト・バルベラ氏を囲んで。
(右から二人目)
 

 バルベラ氏のディレクター就任とともに3年前に創設された同部門。大きめな映画祭において、クラシック部門の充実ぶりは近年めざましいが、賞まで設けている映画祭は珍しい。今年も数々の名作が理想的な状態で上映され、クラシック映画ファンを沸かせた。’Venezia Classici Awards' は、Giuliano Montaldo監督を委員長に迎え、ヴェネチア大学で映画史を学ぶ学生28人により構成された審査員団により成り、「最優秀ドキュメンタリー賞」と「最優秀復元賞」を決定。前者はイタリアのFrancesco MontagnerとAlberto Girotto監督 による『ANIMATA RESISTENZA』、後者はやはりイタリアの監督、Ettore Scola作『UNA GIORNATA PARTICOLARE』(1977)が受賞を果たした。

 日本からはいわゆる松竹ヌーベルバーグの一員として活動していた高橋治監督の『彼女だけが知っている』(デジタルリマスター版)が選出された。松竹作品はこのところ定期的に三大映画祭のクラシック部門への出品を果たしている。古典の重要性を認識し、より良い状態への復元・またその活用に意欲的な同社の姿勢を讃えたい。






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