公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇第78回カンヌ国際映画祭 2025/5/13-24
  FESTIVAL INTERNATIONAL DU FILM DE CANNES

 

**主な受賞結果**
パルム・ドール It's just an accident Jafar Panahi
グランプリ Sentimantal Value Joachim Trier
審査員賞 Sirat Oliver Lax
Sound of Falling Mascha Schilinski
名誉パルム・ドール Robert de Niro, Denzel Washington
最優秀監督賞 Kleber Mendoca Filho ( for ‘The Secret Agent’ )
最優秀女優賞 Nadia Melliti (in ‘La Petite Derniere’ by Hafsia Herzi)
最優秀男優賞 Wagner Moura (in ‘The Secret Agent’)
最優秀賞脚本賞 Jean-Pierre & Luc Dardenne ( for ‘Jeune Meres’)
特別賞 Resurrection Bi GAN
カメラ・ドール The President’s Cake Hasan Hadi(*監督週間)
ある視点賞 The Mysterious Gaze of the Flamingo Diego Cespedes
ある視点・審査員賞 Once Upon a Time in Gaza Tarzan & Arab Nasser
国際批評家連盟賞 ・コンペティション:The Secret Agent Kleber Mendonca Filho
・ある視点: Urchin Harris Dickinson
・並行部門: Dandelion’s Odyssey 瀬戸桃子
La Cinef 1席:First Summer Heo Gayoung
2席:12 Mometns Before the Flag-raising ceremony  Qu Zhizheng
3席:ジンジャー・ボーイ 田中未来
  Winter in March Natalia Mirzoyan

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**

 
今回の映画祭は
総じて天候に恵まれた。

カンヌ映画祭は今回で78回を数えた。世界的に発信力・影響力のある映画祭であるがゆえに今年も「政治的」であることから逃れられなかった。イスラエルとパレスチナの問題は映画祭に影を落とし続けている。映画祭初日には、カンヌ映画祭受賞監督であるジョナサン・グレイザー、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン、ビクトル・エリセ、アキ・カウリスマキ、クレベール・メンドンサ・フィリオ、ペドロ・アルモドヴァル、デヴィッド・クローネンバーグ、リューベン・オストルンドなど350人以上の監督、俳優、プロデューサーがガザにおける大量虐殺を非難する声明を出した。ある視点部門で「Once Upon a Time in Gaza」が監督賞を受賞したナセル兄弟は、拍手喝采の中、ガザの人々との連帯を呼び掛けた。カンヌ公式部門内でガザ問題を扱った作品が複数見受けられたことにも映画祭側のこの問題への姿勢が窺えた。
名誉パルム・ドール賞はロバート・デ・ニーロとデンゼル・ワシントンが受賞した。デ・ニーロには映画祭初日のオープニングセレモニーの中で、ワシントンにはアウト・オブ・コンペティション部門に出品されていた出演作『Highest 2 Lowest』(黒澤明監督作『天国と地獄』のリメイク)のプレミア上映時に授与された。デ・ニーロは受賞スピーチの中でトランプ政権が海外で制作された映画に関税を課す方針を表明していることを猛批判し、映画界の連帯を呼びかけて喝采を浴びた。後日、ウェス・アンダーソン監督、俳優ジョディ・フォスターもデ・ニーロへの共感を示した。最高賞のパルム・ドールを受賞したのはイランのジャファール・パナヒ監督の『It’s just an accident』であった。この作品はイラン当局との長年にわたる闘いから作られたと言ってもよい作品である。映画祭中には様々な意見、主張が公式、非公式に繰り広げられていたが、会場付近の警備体制がしっかりしていることもあり、大きな騒動に発展することはなかった。なお、映画祭最終日である5月24日には放火による停電で午前中の上映が中断され、夜のクロージングの開催が危ぶまれたがほどなく復旧し、式はつつがなく行われた。

 ドレスアップした人々で華やぐレッドカーペット

 カンヌ映画祭のレッドカーペットは社会の趨勢が映し出される場ともいえるる。今回は開幕直前に「ヌードドレス」及び「大ぶりな衣装」の禁止というドレスコードの変更がなされた。この規定変更の直接的なきっかけは明らかにされていないが、近年グラミー賞やアカデミー賞などの祭典において「ヌードドレス」や「大ぶりな衣装」が世界的な議論を呼んでいるのは大いに関係しているだろう。露出の多いドレスはどんどん過激になっており、また大ぶりな衣装は移動や着席に時間を要し式の進行に支障をきたすこともあると聞く。カンヌ映画祭は、メイン上映会場・リュミエールにおけるドレスコードに関して長年いろいろなルールを定めてきた。午後7時から10時までに行われるガラ上映では正装が求められる。アーティスティックディレクター、ティエリー・フレモー氏は、レッドカーペットの品位を維持するために随時ルール変更を行っている。2015年にはレッドカーペットでの自撮りを禁止し、現場のセキュリティ担当者はルールを守らない参加者には毅然とした姿勢で臨み現在に至っている。一時話題となったハイヒールの着用に関しては、様々な過程を経て現在は緩和されている。これも時代の趨勢といえるだろう。

カンヌ映画祭初めての
2枚ひと組公式ポスター。
映画『男と女』をモチーフとしている。


 公式ポスターには第19回カンヌ映画祭にてパルム・ドールを受賞したクロード・ルルーシュ監督の『男と女』(1966年)より、主演のアヌーク・エーメとジャン=ルイ・トランティニャンが抱擁する一場面が、それぞれの表情が見える2枚のポスターとして採用された。カンヌ映画祭史上で初めてのダブルの公式ポスターとのことである。公式グッズとしても両方の絵柄のポスター、ポストカードが販売されていた。









*受賞結果*


 メインのコンペティション部門の審査員団は今年も9名で構成され、昨年と同様に男性4人・女性5人であった。メンバーは俳優のハル・ベリー、ジェレミー・ストロング、アルバ・ロルヴァケル、監督のデュド・ハマディ、ホン・サンス、昨年のグランプリ受賞監督でもあるパヤル・カパーリヤー、カルロス・レイガダス、作家のレイラ・スリマニという今回も豪華で多彩な顔ぶれ。フランスの俳優、ジュリエット・ビノシュが審査委員長を務めた。ビノシュは『トスカーナの贋作』(2010年、アッバス・キアロスタミ監督)で同映画祭の主演女優賞を受賞してもいる。最高賞のパルム・ドールはジャファール・パナヒ監督の『It’s just an accident』に授与された。パナヒ監督はイランの体制に批判的な作品を発表し続けたことにより投獄され、また渡航および制作活動禁止処分を受けていたが、2023年に釈放され、このたび晴れてカンヌに姿を見せた。公式上映のパナヒ監督が登場すると尊敬と労いがこもった熱烈な歓迎を受けた。監督が入場するだけでこれほどの歓迎を受ける場面は見たことがない。会場の観客の多くが、監督のこれまでの苦難の道のりを知っているからこその行動であろう。受賞作は元政治囚がかつて収容所で拷問を繰り返していた思われる男を拉致し、この男の処遇について他の被害者たちと意見を戦わせる物語で、イランの体制への痛烈な批判が込められたスリリングな作品。緊張感の中に時にユーモアも交えた脚本の冴えも光った。パナヒ監督は今回の受賞で、いわゆる3大映画祭の最高賞をすべて制覇した。(2000年のヴェネチア国際映画祭で『チャドルと生きる』により金獅子賞、2015年のベルリン国際映画祭で『人生タクシー』により金熊賞)。これはアンリ=ジョルジュ・クルーゾー、ミケランジェロ・アントニオーニ、ロバート・アルトマンに続く史上4人目の快挙とのことである。次点であるグランプリは、母の死により疎遠となっていた映画監督の父との葛藤に直面する姉妹を描いたヨアキム・トリアー監督の『Sentimental Value』が受賞。『わたしは最悪』のヒットで日本でも大きな注目を浴びたトリアー監督は順調にキャリアを重ねている。審査員賞を分け合ったのはオリヴァー・ラクセ監督の『Sirat』とマシャ・シリンスキー監督の『Sound of Falling』で、会期中に非常に反響の大きかった2作品あった。『Sirat』のプロデューサーにはスペインのペドロ・アルモドヴァル監督も名を連ねていた。『Sound of Falling』は、第一次大戦期から現代まで、100年にわたって4人の女性たちの人生を交差させながら描いた野心作。監督賞は『The Secret Agent』のクレベール・メンドンサ・フィリオ監督に授与され、主演のヴァグネル・モウラは男優賞を受賞した。


**日本映画**



公式上映会場・リュミエールに入場する
『ルノワール』チーム
(左)早川千絵監督、(右)鈴木唯氏
(後方)リリー・フランキー氏


『ルノワール』公式上映後の
スタンディングオベーション



 今回はカンヌ映画祭における日本映画出品数ということでは史上最多であったと思われる。公式部門のコンペティション、ある視点、カンヌ・プレミア、クラシック、ラ・シネフ、また並行部門である監督週間、批評家週間にも選出され、日本映画の存在感の非常に大きい回であった。メインのコンペティション部門には早川千絵監督の『ルノワール』が選出された。早川監督は前作『PLAN75』(2022)が「ある視点」部門に、過去には短編作品『ナイアガラ』(2014)でシネフォンダシオン部門(現在のラ・シネフ)に選出されており、順当にカンヌでの歩みを進めている。前作とはまったく異なるアプローチで臨んだ今作において、早川監督はその監督力の高さを示したといえるだろう。




『遠い山なみの光』公式上映前の登壇

  
『 遠い山なみの光』公式上映後の
スタンディングオベーション
(左から)三浦友和氏、松下洸平氏、吉田羊氏、
広瀬すず氏、石川慶監督、
カズオ・イシグロ氏、カミラ・アイコ氏、
石黒裕之プロデューサー

ある視点部門出品の石川慶監督による『遠い山なみの光』は、作家カズオ・イシグロ氏のデビュー作の映画化であり、イシグロ氏はエグゼクティブディレクターとして作品に参加している。アウト・オブ・コンペティション部門の「ミッドナイト・スクリーニング」における川村元気監督の『8番出口』は、人気ゲームの映画化作品。ミッドナイトにぴったりのテイストで、深夜のリュミエールを大いに沸かせた。ゲームの映画化の成功という意味でも意義深い。カンヌ・プレミア部門には数回のカンヌ出品歴を数える深田晃司監督の『恋愛裁判』、ラ・シネフ部門にENBUゼミナールの田中未来監督による『ジンジャー・ボーイ』(同部門で3位入賞)、カンヌ・クラシックス部門には公開70周年を記念してデジタル修復された成瀬巳喜男監督の『浮雲』(1955年)。日本作品はクラシックス部門にもはや欠かせない存在になっている。並行部門である「監督週間」には脂ののった中堅監督、李相日監督の『国宝』と、これが長編第一作の新鋭・団塚唯我監督『見はらし世代』の二作品が選出された。日本を代表する錚々たるキャストの競演とスケール感で見ごたえ十分の『国宝』と、フレッシュな魅力に溢れる『見はらし世代』という対照的な二作品であった。瀬戸桃子監督の『Dandelion's Odyssey』は批評家週間のクロージング作品となり、国際批評家連盟賞受賞を受賞した。現在、フランスを拠点に活動している瀬戸監督の今作はフランス・ベルギーの合作。出品作品数もさることながら、国内での人気を誇る俳優たちのカンヌ入りも多かったため、日本のメディアの報道も例年以上に力が入っていた。



熱気に包まれた深夜の『8番出口』上映
(右から)川村元気監督、二宮和也氏、小松菜奈氏


『質疑応答に臨む
『見はらし世代』団塚唯我監督(左から2人目)


国際映画祭においてはフォーカスされる国や地域が時代とともに変化する。1990年代後半〜2000年代前半には日本映画の主要映画祭への出品、受賞が相次ぎ、映画祭シーンを大いに賑わせていたが、その後しばらく総じて日本映画の影が薄くなっていたといえる。カンヌ映画祭において今年は史上最高数を記録し、大いに海外メディアの注目も集めた。ベテラン勢の健闘に加えて新たな人材も育ってきている。日本の各映画会社も海外進出にいよいよ本腰を入れてきている。この良き流れを生かし、映画祭出品、興行においても着実な海外展開が進んでゆくことを期待したい。










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