公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
資料探訪
『キネマ旬報1位のトロフィー』 〜保存資料を探訪します〜
本財団が保存している資料に、キネマ旬報の第1位に輝き頂いた映画のトロフィー(上記写真)があります。本財団創設者である川喜多夫妻の映画会社が配給した作品です。キネマ旬報の1位になった映画の中から、今回は戦前の東和商事時代の作品をご紹介します。
●1930年「アスファルト」(無声)Asphalt 1929年製作 ドイツ:ウーファ作品
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1930年1月30日 浅草=松竹座公開
監督:ヨーエ・マイ
主演:ベッティ・アマン、グスタフ・フレーリッヒ
【川端康成氏が<アマン賛>という文章を昭和5年2月3日の「都新聞」に載せおり、それが「東和の半世紀」に転載されています。一部を引用させて頂くと『女性の肉体の魅力は映画で芸術になる。映画とは、女性の肉体の魅力を現すための芸術だ。そのようなことを思わせるほどにまで、アマンはほんとうの女である。』引用はアマンの魅力についての部分ですが、映画そのものも高く評価された文章です。】
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●1930年「自由を我等に」 A nous la Liberte! 1931年製作 フランス:トービス作品
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1932年5月5日 帝劇公開
監督:ルネ・クレール監督
主演:アンリ・マルシャン、レーモン・コルディ、ローラ・フランス
【開高健氏が戦後に見たフランス映画の想い出について、やはり「東和の半世紀」に寄稿されています。その中から「自由を我等に」のところの一部を引用させて頂きます。『日向ぼっことゴロ寝でアナーキーの愉悦を賛美したこの作品の澄明な朗らかさには背後に一種の力強さがあって、明るいさざ波に眼を浸すような感動があった。』】
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●1933年「制服の処女」 Madchen in Uniform 1931年製作 ドイツ:ドイッチュ・フィルム
キネマ旬報の 折り込み広告 |
1933年2月1日帝劇・大勝館・新宿松竹座公開
監督:レオンティーネ・ザガン
主演:ドロテア・ヴィーク、ヘルタ・ティーレ
【ドイツで見て感動した川喜多かしこが、夫の長政に頼み込んで輸入した作品です。かしこは「映画ひとすじに」という著書の中で『厳格な専制者の校長に対するレジスタンスを描いたもので、誠にきめの細かい表現で思春期の少女たちを表現した異色作でした。』と書き残しております。映画は評判も高く、かつ大ヒットしました。興行的にどうか心配していたかしこは、帝劇に並んだ一人々々に「ありがとうございます」と頭を下げて回りたい思いだったと書いております。】
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●1934年「商船テナシチー」 Le Paquebot Tenacity
1934年製作 フランス:ヴァンダル・エ・ドゥラック作品
1934年11月1日 帝劇・大勝館・武蔵野館公開
監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ
主演:マリー・グローリー、アルベール・プレジャン、ユベール・ブレリエ
【大学時代に「商船テナシチー」を舞台で上演した大島渚監督が、「東和の半世紀」に寄稿した文章の一部を載せさせて頂きます。『デュヴィヴィエ監督による映画もくりかえして見ていた。暗く甘いあの感傷が私の気分にぴったりだったのだ。―途中略― 細い細い雨の降る北フランスの港町に恋していただけなのだ。港町の安ホテルの食堂に坐っている感傷的な自分を恋していただけなのだ。「商船テナシチー」のあと、私はそんな感傷を封殺して三十年を生きた。』】
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●1935年「最後の億万長者」Le dernier Milliardaire 1934年製作 フランス:パテ・ナタン作品
1935年2月13日 帝劇・大勝館・武蔵野館公開
監督:ルネ・クレール
主演:マックス・デアリー、ルネ・サン・シール、マルト・メロ
【ピエール・ビヤール著「ルネ・クレールの謎」によると、この映画がフランスで公開された時には暴動まで起き、評判も最悪だったようです。当時のフランスの社会情勢ともろに結びついたことの結果だったのでしょうが、日本ではキネマ旬報の1位になっているのが面白し凄いことだと思います。日本人には受ける風刺劇だったということでしょうか】
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●1936年「ミモザ館」 Pension Mimosas 1934年製作 フランス:トービス作品
●1937年「女だけの都」 La Kermesse hero-qus 1935年製作 フランス:トービス作品
公開時のハガキ |
公開時のパンフレット |
公開時のパンフレット |
『ミモザ館』
1936年1月29日 帝劇・大勝館・武蔵野館公開
監督:ジャック・フェデー
主演:フランソワーズ・ロゼー、アンドレ・アレルム、ポール・ベルナール
『女だけの都』
1937年3月11日 帝劇・大勝館・武蔵野館公開
監督:ジャック・フェデー
主演:フランソワーズ・ロゼー、ミシュリーヌ・シェイレル、ルイ・ジューヴェ
【「ミモザ館」に続くジャック・フェデーの監督作品で主演がフランソワーズ・ロゼーと同じですが「女だけの都」が時代劇ということもあり、趣は異なります。撮影にフランドル絵画を参考にしていることも大きな要素だと思います。時代背景、フランドル絵画との係りについては、美術評論家の森口多里氏が「キネマ旬報」1937年3月21日号に素晴しい解説を載せていらっしゃいます。】
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●1939年「望郷」Pepe le Moko 1937年製作 フランス:パリ・フィルム作品
雑誌「スタア」の裏表紙 |
1939年2月9日 帝劇・大勝館・武蔵野館公開
監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ
主演:ジャン・ギャバン、ミレーユ・バラン、リーヌ・ノロ
【ある年齢以上の方々にはジャン・ギャバンは絶大な人気が有ります。私の記憶にある中で最も大きかった死亡記事の俳優でした。それほど愛されていたのだと思います。ジャン・ギャバンの数ある作品の中でも、「望郷」を一番にあげる方がやはり多いと思います。「望郷」について書かれたものは多いでしょうが、ここでは雑誌「スタア」の1939年2月上旬号に掲載された作家大佛次郎氏の文章の一部を引用させて頂きます。
『どんなに巧妙に書かれた通俗小説もペペの表現の前には色が褪せるだろう。我々から眺めたら多愛のない人間の熱情の悲劇が映画と云う方法を通じると、新しく息の詰るような体臭の中に観客を誘い入れるのだ。』】
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●1940年「民族の祭典」<オリンピア 第一部>Fest der Volker-Olympia Film Teil I
1938年製作 ドイツ:オリンピア・フィルム作品
公開時のパンフレット |
1940年6月19日 邦楽座公開
監督:レーニ・リーフェンシュタール
【「キネマ旬報」は1940年で戦時統制のため一旦終刊したため、この映画は1941年から創刊された「映画旬報」の第1位になっています。映画は記録的な大ヒットをしましたので、多くの雑誌が特集を組んでおります。中でも「日本映画」の1940年7月号にはなかなか面白い記事が載っています。佐藤春夫氏による「映画民族の祭典の印象」という詩や、ジャーナリスト長谷川如是閑氏による「民族の祭典所感」やオリンピック選手、村社講平氏(5000m、10000mで4位入賞)等の思い出の座談会などです。なかなか楽しいです。】
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おまけとして
東和商事の配給作品で残念ながら2位、3位になった作品を上げておきます。
1933年「巴里祭」2位1933年製作 監督:ルネ・クレール
1934年「会議は踊る」2位1931年製作 監督:エリック・シャレル
1934年「にんじん」3位1932年製作 監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ
1937年「どん底」3位1935年製作 監督:ジャン・ルノワール
1938年「ジェニイの家」3位1936年製作 監督:マルセル・カルネ
1939年「ブルグ劇場」3位1936年製作 監督:ヴィリー・フォルスト
1934年は1位から3位まで東和商事作品です。
引用させて頂いた書籍、雑誌は本財団にございます。引用はほんの一部ですので、機会がございましたら、是非全文をお読みになってください。