公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

レポート


野口久光ポスター展(於シネマテーク・フランセーズ)

 

映画の都パリに日本人の描いたポスターが輝いた!!
 
野口久光氏の描くポスターに魅せられ、野口ポスターの収集家として著名な根本隆一郎氏が、フランスをはじめヨーロッパの方たちに野口氏の素晴らしい業績を紹介したいと熱望し、パリにある世界最大級の映画文化施設シネマテーク・フランセーズに働きかけたところ、3月5日から5月4日まで「野口久光ポスター展」が催されることになりました。これはまさに画期的出来事で、私どもも応援させていただきました。  
 
以下は、そのオープニングパーティーに参加された根本氏のレポートです。 
 

 

「シネマテーク・フランセーズでの野口展」

 
 
会場の様子
 

 戦前戦後にかけて1000枚以上の芸術的な映画ポスターを手掛けた野口久光。
没後20年にあたる2014年、ついに世界の映画人憧れの聖地、パリ、シネマテーク・フランセーズで野口先生のポスター展が開催された。
2009年の生誕100年に日本の美術館ではじめて映画ポスターデザイナーを取り上げた『野口久光の世界』展が実現、好評を博し、その後も全国各地で巡回中ではあるが、“映画”と“ポスター芸術”の発祥の地フランス、シネマテークでの開催は意義も意味も異なる。
開催に合わせ3月4日、フランスへと旅立った。

およそ12時間のフライトを経てパリに入り、5日の初日に会場となっているシネマテークを訪れ、先ずは今回の『野口展』の展示を担当されたジャック・エロールさんと挨拶を交わした。開口一番「野口の作品は素晴らしい!」と言って、また今回の展覧会用に編集した仏英日の3ヶ国語併記のカタログが「素晴らしい出来で感心した」と絶賛してくれて、早速会場となっているシネマテークの創始者のアンリ・ラングロワの名前が付けられた劇場ロビーを案内してくれた。
正面受付横の階段を上ったところが今回の展示会場であった。天井が吹き抜けで解放感がある会場に展示された野口作品は、見慣れた作品なのに国内での展示風景とはやはりどこか異なる感じがした。
日本の展覧会会場では通常の美術展同様、来場者の目線に合わせて床から平均的に120pくらいに額下がくるように展示をしているが、会場では200pを超える位置に展示がされていて、「いくら背の高い人が多いとは言ってもこの高さはちょっと」と思ったが、あとでその理由を理解することとなる。それはのちほど……。
『にんじん』や『望郷』といった戦前の作品から『天井桟敷の人々』そして『大人は判ってくれない』など極めつけの名作ポスター18点がずらっと並んだ光景はやはり感慨無量であった。
ジャックさんから「シネマテークの施設をご案内しましょう」と告げられ図書館や視聴室、ジャックさんの仕事部屋を見せてもらったが、そこに行くまでがまるで迷路のような複雑な作りになっていて、一つひとつの部屋が意外に小さい。
現在、シネマテークが入っている建物は、グッゲンハイム美術館などの設計で知られる著名な建築家フランク・ゲーリーによって1994年にアメリカンセンターとして建てられたもので、2005年にシネマテーク・フランセーズとして生まれ変わったという経緯がある。ゲーリー建築独特の巨大なオブジェのような外観が摩訶不思議で魅力的ではあるが、いったい建物の中はどうなっているのか、日本を発つ前からとても興味があったが、実際中を歩いてみると細かい階段が多く、吹き抜けからガラス越しに空が見える渡り廊下などがあって、外観同様複雑で迷宮のようだ。一つひとつの部屋が小さいのはアメリカンセンター時代の名残で、職員のための居室として使われていたためだという。
ジャックさんの部屋も大きな作業用デスクや棚いっぱいの荷物に囲まれていることもあって定かではないが、33uから40uくらいだろうか。収蔵資料が細かくデータ化されていることも驚かされたが、「こんなものもある」と言って、たとうに入った溝口映画の美術監督として知られる水谷浩の資料などを見せてくれた。海を越えてシネマテークに行き着いた経緯までは聞きそびれたが、「ものはそれを大切にしてくれるところに帰属したがる」ということからすると、まさに最良の地を選んだと言えるだろう。
他にも『天井桟敷の人々』のジャック・プレベールのスケッチやジャック・ドゥミーの映画美術を担当したデザイナーの衣装デザイン画など見たことのない貴重な資料が無造作に山積みされた中から次々と出て来るのは感動的だった。

シネマテークの書店に置かれた図録
 

 そこに「カクテルの準備が出来たから」と上映プログラムの責任者のジャン=フランソワ・ロジェさんが入って来た。ロジェさんとは約2年ぶりの再会だろうか。川喜多記念映画文化財団で財団の坂野さんに紹介をいただいて会って以来だった。
 今回、たまたま『野口展』の初日に黒沢清監督を招いて『リアル』の特別上映があるので、カクテルを催したいと思う……、という話は事前に聞いていたので、あくまで黒沢監督が中心のカクテルと思って会場に入ると黒沢監督の姿はなく、僕らのためだけに開いてくれた会であった。ジャックさんやロジェさん、それに高円寺に8年住んだことがあると日本語で自己紹介された書籍販売担当のフランクさんなど10名ほどの方が集まってくれ、シャンパンで歓迎してくれた。それぞれ口々に「野口の作品は素晴らしい」「今回の図録がまた素晴らしい」と言って紙コップではあったがグラスを合わせてくれた。こちらからはお土産として持参した『大人は判ってくれない』のラベルを貼ったワインを手渡すと一斉に「ワォー!」という歓声が上がった。
 フランクさんから「高円寺に赤天という上手い餃子屋があるが行ったことはあるか」など意外な質問も飛び出す中、館長のトビアナさんが挨拶に来てくれた。

 今回のパリ訪問の目的はもちろん『野口展』の展示を確認するためではあったが、もうひとつ大きな秘めた目的があった。それは野口先生がかつてフランソワ・トリュフォーに気前よく進呈した傑作『大人は判ってくれない』の原画の行方を確かめることであった。
 1963年の第3回フランス映画祭で来日したトリュフォーに進呈された原画は、その後彼の生涯の大切な宝物としてオフィスに飾られ、彼の死後フランスで出版された分厚い追悼本の表紙にも採用されたが、トリュフォーが亡くなって以後、その行方は全く判らなくなっている。
 家族が持っているのかスタッフの誰かが引き継いだのか……、その行方は杳として判らない。
 彼の死後、多くの遺品はシネマテークに寄贈されたが、その中に「原画」は含まれていないことは、これまでの調査で判っていた。また日本からの依頼では埒が明かないこともこれまで何度か経験していたので、ここは本丸を攻めることが肝要と策を講じた。
 トリュフォーが亡くなって30年目の今年、シネマテークでは秋に大規模なトリュフォー展を開催する予定と聞いていたのと現館長のトビアナさんが大のトリュフォーファンであると知っていたので、彼と会う時に備え、隠し玉でトリュフォーが来日した際に野口先生が撮影した秀逸なポートレートをバッグに忍ばせておいた。
 狙い通りトビアナさんが現れたので、まず今回の図録を渡し、彼が頁をめくりながら「素晴らしい!」とかなんとか言っている間にバッグから件のポートレートを差し出すと案の定トビアナさんの目の色が変わった。
 図録の翻訳を担当してくれたパリ日本文化会館のファブリス・アルデュイニさんを介し「これは野口が撮った写真です」と伝えると「トリュフォーを写したものでこれほど素晴らしい写真は見たことがない。これ、貰えるか」というので、「あなたに差し上げるために持ってきた」と伝えると、ニコッと笑って握手をしてくれた。そこで「実はお願いがある…」と例の原画の行方を捜して欲しいとのお願いをしたところ、居並ぶスタッフを前に「シネマテークのミッションとして検討する」と言ってくれた。
 220名のスタッフの長であるトビアナ館長から「ミッション」の言質を取り付けたこと、またトリュフォーそのものの評価がフランスでは映画人を超えた高いものがあることから、原画の行方が明らかになる可能性があるかもしれない。

舞台挨拶をする根本氏
 

 時差ボケに程よく歓迎のシャンパンが効きはじめ、ポーッとした状態になったところで黒沢監督の特別上映がそろそろ始まるとのことで先ほどの会場に向かうと劇場のロビーに300名ほどが列をなしていた。その光景を目にし、ポスターの位置が高い理由が理解出来た。つまりロビーに人が滞留してもどの位置からでもポスターが見えるのだ。日本版の通常サイズのB2判では少々小さくは感じられるのだが、フランス版のメトロサイズのポスターならやはりこの高さがベストなのだと思う。

 彼らにとっては初めて見る半世紀以上前に日本で公開された際のポスター。野口先生のことも全く知らない多くのフランス人が指を指しながら見上げている光景は、ちょっと感動的であった。
 ここでは連日500名以上が映画上映の前に列をなして壁面を眺めることになるので、2ヵ月の会期中には延べ3万人以上が野口作品を見ることとなるという。
 野口先生の作品を“現在”のフランス人に見てもらいたいという主旨からは、最適な場所だったと改めて思う。
 「映画」と「ポスター」に高い美意識を持つといわれる“今”のフランス人に野口先生のポスターがどのように受け入れられるのか……、少なくとも今回挨拶を交わしたトビアナ館長以下、シネマテークの精鋭スタッフが口々に「野口の作品は素晴らしい!」と称賛してくれたことは期待できそうな予感がする。

 『リアル』の上映に先立ってトビアナ館長とロジェさんによる舞台挨拶があったが、その冒頭『野口展』の紹介をしてくれて、僕も舞台で挨拶をすることになった。突然のこととシャンパンの効用で話した内容はほとんど覚えていない。でも席に戻ってからトビアナ館長が笑顔で親指を立ててサインを送ってくれたことはよく覚えているので、まずまず及第点をもらえたのではと感じている。
 シネマテークでの会期は5月4日まで、その後10月7日〜12月7日にかけて京都文化博物館でも開催が予定されている。

根本隆一郎