公益財団法人川喜多記念映画文化財団

千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル

国際交流

映画祭レポート


◇カンヌ映画祭 2015/5/13-24
  Festival de Cannes

 

**主な受賞結果**
パルム・ドール DHEEPAN  by Jacques AUDIARD
グランプリ SAUL FIA (SON OF SAUL)  by Laszlo NEMES
審査員賞 THE LOBSTER by Yorgos LANTHIMOS
最優秀監督賞 HOU Hsiao-Hsien for NIE YINNIANG (THE ASSASSIN)
最優秀女優賞 Emmanuelle BERCOT in MON ROI  by MAIWENN
Rooney MARA in CAROL  by Todd HAYNES
最優秀男優賞 Vincent LINDON in LA LOI DU MARCHE (THE MEASURE OF A MAN) Directed by Stephane BRIZE
最優秀賞脚本賞 Michel FRANCO for CHRONIC
カメラ・ドール LA TIERRA Y LA SOMBRA by Cesar Augusto ACEVEDO
ある視点賞 HRUTAR (RAMS)  by Grimur HAKONARSON
ある視点・審査員賞 ZVIZDAN (THE HIGH SUN)  by Dalibor MATANIC
ある視点監督賞 岸辺の旅  by 黒沢清

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**

 

 期間中は概ね好天に恵まれた。
 

 第68回の今回も多彩な話題を提供したカンヌ映画祭。昨年会長職を辞したジル・ジャコブ氏の後任、ピエール・レスキュール新会長とアーティスティック・ディレクター、ティエリー・フレモー氏がこの新体制下、改革を進めようとしている意志が随所に見て取れた。フレモー氏がセレクションの最終統括まで行った、初めての回でもあった。まず着目すべきはコンペティション部門の小改革であろう。19本のコンペ作品のうちフランス映画が5本。フランス映画はたいていいつも多いのだが、それにしても5本とは…。そして「コンペ部門はほぼ毎年、常連監督の作品が大半を占めている」という批判を受けてか、今回は明らかに“比較的若手”を多めにセレクトしていたが、期待外れの作品も少なくなかった。一方で、従来であればコンペ部門に登場するであろう監督たちが「監督週間」や<ある視点>入りという驚きも多々あった。フィリップ・ガレル監督、デプレシャン監督の新作や、ミシェル・ゴメス監督の大作『アラビアン・ナイト』は監督週間での上映で、それぞれ絶賛を博した。
‘女性監督’により光を当てようとした感も伝わってくる。カンヌ映画祭そのもののオープニング作品はフランスのエマニュエル・ベルコ監督の『スタンティング・トール』、<ある視点>部門のオープニングは河瀬直美監督の『あん』であり、コンペ部門にフランスの女性監督作品2本。偶然かもしれないが、出品作の中には女性が強い印象を残す作品が多くみられた。
試行錯誤はチケット入手システムの大胆な変更にも表れた。観たい作品をカンヌ映画祭のウェブサイトからリクエストするのだが、入手までのプロセスが不透明なうえに、当否の通知も遅れ気味で総じて不評。来年は改善されることを期待したい。

  シンプルで美しかったクロージングセレモニーもかなり派手な演出のものに様変わりした。が、審査結果は華やかとは言い難かった。ここ数年はまあまあ下馬評と合致した‘順当’な結果であったが、ジョエル&イーサン・コーエン兄弟監督が審査委員長(史上初のダブル審査員長)を務めた今回は、総じて大方の予想に反した結果となり、ある種の波紋を呼んだ。カンヌでは審査員団にも注目が集まる。毎回バラエティーに富んだ顔ぶれで、華もある審査員団。今年もシエナ・ミラー氏やソフィー・マルソー氏といった女優や、若手「スター監督」カナダのグザヴィエ・ドラン氏などの豪華メンバー9名で構成されていた(今回は近年では珍しく、アジア人審査員は皆無)。期間中は審査員と被審査作品の関係者の接触を厳しく、もしくは「原則的に」禁じている映画祭も少なからず存在する中、カンヌ映画祭では審査員団と被審査作品側とのランチ会が普通に設けられていたりと、そのあたりは非常に鷹揚で、驚いた記憶がある。

今回最高賞のパルム・ドールに輝いたのはフランスの熟練監督、ジャック・オーディアール作『ディーパン』。オーディアール監督は4度目のコンペティション部門出品で最高賞を手にするに至った。受賞作は内戦下のスリランカを離れ、ヨーロッパに亡命した兵士とやはり難民の女性と少女が、パリ郊外で家族として生きてゆく物語。移民問題に揺れるヨーロッパならでは作品で、審査員団に手堅い評価を得たものと推せられる。賞に絡んだ作品はいわゆる‘社会派’な作品が主であった。(実際に映画祭での反応は‘社会派’が突出していたわけではないのだが・・・)。例年通り評価の定まったベテラン監督作や豪華キャストの出演で注目された作品が中心だったコンペ部門にあって、今回 「カンヌの発見」として喝采を浴びたのはハンガリーの新人監督、ネメシュ・ラーズロー監督の『サウルの息子』であった。第二次世界大戦時、ナチスの強制収容所で働くユダヤ人の男を主人公に据え、見る者に強烈なインパクトを残したこのデビュー作はグランプリ(次席)を獲得した。昨年のグランプリもイタリアの新進女性監督、アリーチェ・ロルヴァケル作『ワンダーズ』であったことを思い出す。グランプリは‘発見系’の作家への賞になりつつあるのだろうか。脚本賞を受賞した『クロニクル』(ミシェル・フランコ監督作。脚本も同監督)はカンヌが縁で生まれた作品である。2012年、フランコ監督が『After Lucia』で<ある視点>部門での最高賞を得た際、同部門の審査委員長だったティム・ロス氏がその才能に着目し、今回の作品の製作・主演を買って出たとのこと。目下、フランスにて『銀盤の女』を製作中の黒沢清監督も、とある映画祭での出会いが縁で主演をタハール・ラヒミ氏に抜擢したという。映画祭は出会いの場としても機能することを証明するエピソードである。


今年のメインビジュアル、
イングリッド・バーグマン 

今年の映画祭のシンボルとして、会場はもちろんのこと、ポスターその他でカンヌの街を彩ったのはイングリッド・バーグマン。そのバーグマンとロベルト・ロッセリーニ監督の娘で女優のイザベラ・ロッセリーニ氏が、今年の<ある視点>部門の審査員長を務めた。バーグマンもロッセリーニ監督もカンヌ映画祭の審査員長経験者でもある。イザベラ・ロッセリーニ氏の「(映画祭のあちこちに掲げられたバーグマンの顔を見て)いつも母に見守られている気がした」とのコメントが印象的であった。





**日本映画**

 今回のカンヌ映画祭には、コンペティション部門の是枝監督作『海街diary』をはじめ、見応えのある日本作品が並んだ。また(イベントにではなく)出品作品に出演した日本人俳優たちが続々とカンヌ入り。おそらくは過去最高と思われる多さであった。
一昨年の『そして父になる』が記憶に新しい是枝監督は、4回目のコンペティション出品、すっかり‘カンヌの監督’として認知されている。今回の出品作『海街diary』は情趣溢れる鎌倉を舞台に、四姉妹の絆を繊細なタッチで丁寧に描き、惜しくも受賞は逸したが総じて好意的な反応を得た。<ある視点>部門には同部門のオープニング作品として、やはりカンヌの常連、河瀬監督の『あん』が選出された。これまでの河瀬監督ワールドとは一線を画する(もちろん良い意味で)作風で広い層の観客の心を掴み、すでに20か国以上での公開も決まっているとのことである。黒沢清監督の最新作、『岸辺の旅』も<ある視点>部門への出品を果たした。同作は地元紙でも高評価を得、また<ある視点>部門の監督賞を獲得するに至った。是枝・黒沢・河瀬、どの監督も基本的にはオリジナル作品を手掛ける、今の日本映画界にあっては稀少な存在である。が、たまたまなのだろうが、今回は三人ともきっちりした原作のある作品の映画化に挑んだ。結果、彼らなりの解釈で、原作を踏襲しつつも十分それぞれの色を出し、高い完成度の作品に仕上げている技量はさすがである。監督週間部門へは三池崇史監督の『極道大戦争』のみ。三池監督の来訪がなかったことは残念ではあったが、芸者に扮した三池監督が登場するビデオに、満員の会場は爆笑の渦に包まれた。

クラシックス部門出品
『仁義なき戦い』のポスター
 

カンヌ・クラシックス部門では『残菊物語』(溝口健二監督)と『仁義なき戦い』(深作欣二監督)という、年代も作風も大きく異なる二本の名作が上映された。『残菊〜』は松竹がデジタル修復を手掛け、上映時には是枝監督が来場し、丁寧な解説と同作への思いを言葉にした。『仁義〜』の上映に際しては、深作監督の子息で映画監督の健太氏からのメッセージが読み上げられた。深作監督はシネマテーク・フランセーズにて特集が組まれたこともあり、フランスにおいても一定のファンを持つ。パンチの効いた同作に、来場した(主として若めの)観客たちは大いに刺激を受けていた様子であった。黒澤明監督作『乱』はカンヌのビーチでの野外上映、<シネマ・ド・ラ・プラージュ>での上映が決まっていたが、荒天のため中止になった。<シネマ・ド・ラ・プラージュ>での上映は一日一作品であるため、他の日への振り替えはできず、非常に残念としか言いようがない事態であった。
是枝・黒沢・河瀬・三池、新作の出品を果たした4人の日本人監督は、いずれもすでに国際映画祭では十分な実績もある非常に知名度の高い人々。新たな才能の出現はなかなか叶わない・・・。


**パビリオン&ジャパンパーティ**

 日本の文化や産業を世界に発信する新たな取り組み「ジャパンデイプロジェクト」が今年のカンヌ映画から始動した。経済産業省の支援のもと『クールジャパン戦略』の一環として発足した同プロジェクトは、映画・アニメ・漫画・TV 番組・音楽など、ジャンルの垣根を越えて日本のコンテンツを世界に向けて発信することを目的とし、見本市等で開催される。カンヌ映画祭の後は7 月のJAPAN EXPO(パリ)、8 月の台湾漫画博覧会(台北)、MIPCOM(カンヌ)等へと続く予定とのことである。


「KANPAI NIGHT」」会場入口

このプロジェクトの予算によって、会場に隣接するインターナショナル・ビレッジ内に「ジャパン・パビリオン」が5年ぶりに復活した。「インターナショナル・ビレッジ」内のパビリオンは各国及び地域がそれぞれの広報活動を行う場であり、過去5年にわたって日本の姿がみえないのは寂しいものがあった。「ジャパン・パビリオン」においては最新日本映画47 作品がダイジェスト版で紹介されたほか、連日、セミナーや監督らの記者会見・取材等に使用され、賑わいを見せていた。そして今回の「ジャパンデイプロジェクト」の最大のイベントは日本の監督・俳優・業界関係者を世界に紹介するパーティ、「KANPAI NIGHT」。放送作家の小山薫堂氏がプロジェクトプロデューサーを務め、在フランスの日本人シェフたちによる創意に富んだ日本食や酒がふるまわれ、世界の映画業界関係者及びメディアなど、1100 人以上もの来場者を集める盛況ぶりであった。「映画へのリスペクトがみられない」「過剰な大盤ふるまい」等の批判の声もあったが、“日本の文化”の広報活動の場として捉えた場合、ないよりは断然良い。その第一歩としての今回、1000 人を超える来場者が集まり、大きな注目を集めたことは一定の成果であったと言ってよいだろう。もちろん改善すべき点はしっかり改善された上で、一過性ではない、息の長い広報活動が求められている。

メイン上映会場リュミエール。
昼間は問われないが
 夜の上映は‘正装’を求められる。

 毎年のようにカンヌ映画祭では何かしら物議を醸し出す事件が起きる。今年は‘ハイヒール問題’だろうか。カンヌ映画祭のメイン劇場・リュミエールでの夜の公式上映時には、来場者は正装を義務付けられている。今回問題となったのは「ハイヒールを履いていなかった女性が入場を拒否された」との話がTwitterで拡散し、瞬く間にいわゆる炎上状態になった件。これを受けて、ティエリー・フレモー氏は「女性に関しては‘イブニングドレス着用のこと’との規定があるにはあるものの、ヒールの高さに関しての規定はない。」として、チェック係の何らかのミスだろう、といった趣旨のコメントを出したが、入場が叶わなかったのはひとりではなかったようで、なかなか収束へは向かわなかった。個人的にはヒールの低い靴でも、見栄えがそれなりであればこれまでは問題なく入れてもらえていただけに驚きを禁じ得なかった。今年から厳しくなったのか、あるいはフレモー氏の言う通り、一部のチェック係の誤った判断だったのか。フレモー氏は映画祭後、映画誌のインタビューにおいて、見てきたばかりの作品について、または映画祭で見聞きした事柄等を、確認を取ったり熟考したりすることもなくSNSを通じて即投稿、それらが瞬時に世界中に伝わる現状を嘆いている。フレモー氏はまた、レッドカーペット上での自分撮りについても強い調子で自粛を促した。とはいえ、参加者の携帯電話を預かるというのも現実的ではない。SNSや写真撮影については参加者のモラルに依るところが多い問題だけに、映画祭としては頭が痛いにちがいない。




映画祭情報トップページへ