公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ヴェネチア国際映画祭 2016/8/31-9/10
  Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica

 

**受賞結果**
金獅子賞
(最優秀作品賞)
Ang Babaeng Humayo (The Woman Who Left)
(フィリピン) by Lav Diaz 
銀獅子賞
(審査員グランプリ)
Nocturnal Animals (アメリカ)
by Tom Ford
銀獅子賞
(最優秀監督賞)
Andrei Konchalovsky  for PARADISE (ロシア、独)
Amat Escalante for LA REGION SALVAJE
<THE UNTAMED> (メキシコ、デンマーク、仏、独、ノルウェイ、スイス)
審査員特別大賞 The Bad Batch (USA) by Ana Lily Amirpour
最優秀男優賞 Oscar Martinez EL CIUDADANO ILUSTRE <The Distinguished Citizen> by Mariano Cohn,Gaston Duprat) での演技に対し
最優秀女優賞 Emma Stone LA LA LAND(by Damien Chazelle)での演技に対し
MARCELLO MASTROIANNI賞
(最優秀新人俳優賞)
Paula Beer FRANTZ (by Francois Ozon) での演技に対し
最優秀脚本賞 Noah Oppenheim JACKIE (by Pablo Larrain)の脚本に対し
LION OF THE FUTURE
“LUIGI DE LAURENTIIS”
VENICE AWARD
(最優秀第一作監督作品賞)
Akher Wahed Fina<The Last Of Us> (チュニジア、カタール、UAE,レバノン) by Ala Eddine Slim
オリゾンティ部門最優秀作品賞 Liberami <Release Me> (イタリア)
by Federica Di Giacomo
GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT
(生涯功労賞)
Jerzy Skolimowsk, Jean-Paul Belmondo
JAEGER-LECOULTRE GLORY TO THE FILMMAKER
(監督ばんざい!賞)
Amir Naderi

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**

開幕一週間前にイタリア中部で地震が発生し、多くの犠牲者が出たことへの配慮から、ヴェネチア映画祭は開会式の一部自粛を決定した。例年オープニング作品の上映後に行われるガラ・ディナーは中止となり、当初は出席が予定されていたマッタレッラ大統領の訪問もなくなった。が、オープニングこそやや地味ではあったものの、スターたちが続々とレッドカーペットを彩り、華やかな話題にも事欠かない回であった。

メイン会場「サラ・グランデ」前。
スターをひと目見ようと人だかりができる。
 

このところアカデミー賞と非常に縁の深いヴェネチア映画祭。特にオープニング作品が注目されるようになって久しい。今回は前作『セッション』で一躍、大注目監督となったデイミアン・チャゼル監督によるミュージカル作品『La La Band』で幕を開けた。同作は期待を裏切ることのない完成度で大いに喝采を浴び、エマ・ストーンに主演女優賞をもたらした。『La La Band』をはじめ、脚本賞を受賞した『Jackie』、テレビドラマのパイロット版『The Young Pope』(アウトオブコンペ部門:ジュード・ロウが法王役を好演)などエンターテインメント性も十分兼ね備えた作品が目立つ一方で、名だたるアート系監督の新作も多数出品されたバランスの良いセレクションだったと言える。出品監督が新進気鋭から大御所まで、という意味でも多彩だった。アーティスティック・ディレクターのアルベルト・バルベラ氏が多様性に富んだセレクションを志向している現れであろう。サム・メンデス監督が審査員長を務めた審査員団の出した受賞結果は、前評判と概ね一致するものだった。受賞作品の中には一般的には好き嫌いの別れがちな作品も含まれていたが、審査員団の意見が割れたようでもなく比較的円満に決まったと聞く。審査にあたっての方向性が大きく違わないメンバーであったのだろう(かなり幸運である)。総じて際立った個性を持った、創造的な作品を高く評価したように見て取れる。金獅子賞に輝いたのはフィリピンのラヴ・ディアス監督の『The Woman Who Left』。長尺で知られるディアス監督にしてはまだ序の口ではあるが、それでも3時間46分の大作。30年間冤罪で投獄されていた女性の復讐と赦しを、流麗なモノクロ映像の中に描き切り、批評家筋にも高評価を得ていた作品である。レフ・トルストイの小説『コーカサスの虜』とフィリピンで実際に起きた事件を基にしているそうだ。ディアス監督は受賞に際し、「この映画をフィリピンの人々と彼らの苦闘、そして人類の苦闘にささげたい」と語った。同監督は過去には2008年のヴェネチア映画祭においてオリゾンティ部門でグランプリを受賞しており、先のベルリン映画祭でも8時間に及ぶ超大作でアルフレッド・バウアー賞を獲得している実力派監督である。日本では同監督の作品は東京国際映画祭等での上映のみにとどまっており、劇場公開には至っていないが、これを機に注目が高まって欲しいものである。次点の審査員グランプリ受賞作はアメリカのトム・フォード監督による『Nocturnal Animals』。フォード監督はファッションデザイナーとして確固たる地位を築いているが、一作目の『シングルマン』に続き映画監督としての才能も開花させている。


昨年からヨーロッパ各国でテロが頻発しており、特に7月に隣国フランス・ニースで起きた惨事は記憶に新しい。その影響で今回のヴェネチア映画祭の警備やセキュリティチェックも厳しさがかなり増すのかと思いきや、極端な変化はなかった。警官の姿が多少目立ったとはいえ、変わった点は会場廻りの柵によるブロックが強化され、入場時にパスを丹念にチェックされるようになったくらいであろうか。荷物検査も一か所会場付近にあることはあるが、大きな荷物でなければ開封を求められることはほとんどない。実際、ヴェネチア映画祭はもちろん賑わっているものの、カンヌ映画祭のような「人がごったがえしていることによる緊張感」というほどではない。レッドカーペットも一般の歩道に非常に近い所に敷かれており、スターが記念写真やサインを求めるファンに応じたりしている姿もみられる。この良い意味での‘ゆるい’雰囲気はキープしてもらいたいものである。

新設の上映館「サラ・ジャルディーノ」。
 

映画祭メイン会場に到着してすぐ目に入ったのは新設された真っ赤なキューブ型上映館、「サラ・ジャルディーノ」であった。直訳すれば“公園館”となる。ほぼ500名収容、無料上映を含む数多くの上映が行われた。日本からのクラシックス部門出品作の公式上映も同会場で行われた。「サラ・ジャルディーノ」の裏手には参加者たちがくつろげるオープンスペース‘ジャルディーノ’が設けられており、今年も参加者たちの憩いの場であった。美味しいパスタも食べられるセルフ・サーヴィスのレストラン、切り売りピッツァのスタンド、ちょっとしたバーなどがあり、メイン会場周辺には他に飲食できる場がほとんどないだけに(やや割高とはいえ)やはりかなり助かった。木陰になっているスペースに椅子やテーブル、リラックス・ソファなどが配置されていて、天気の良い日に木漏れ日に包まれて休息している人々の姿はいかにも気持ち良さそうであった。

参加者の憩いのスペース
「ジャルディーノ」。
 


**日本映画**

 コンペティション部門には、昨年に続き残念ながら日本からの出品作はなかった。アウト・オブ・コンペティション部門にはフルCGアニメーション『GANTZ:O』、オリゾンティ部門には石川慶監督による『愚行録』が出品された。新作実写映画としては唯一の出品作『愚行録』の上映に際しては、石川監督及び主演のひとりである満島ひかり氏、原作者の貫井徳郎氏、脚本の向井康介氏らが来訪し、記者会見等の公式行事に出席した。陰影のある映像美と最後まで弛緩のないストーリーテリングが観客を魅了、大盛況のプレミア上映となった。その後口コミで評判が広がったとみえてリピート上映にも多くの人が詰めかけたそうである。


『愚行録』公式上映前の記者会見。

 上映後に拍手を受ける石川監督と満島ひかり氏。

石川監督も満島氏も初の海外映画祭参加ということで、緊張しつつもその緊張を楽しんでいるように見受けられた。国際映画祭に参加する日本人監督はどうしても決まった顔ぶれになりがちな中、若手の人々の新規参入は喜ばしい。長編第一作品がヴェネチア入りという快挙を遂げた石川監督。次回作以降の活躍にも大いに期待したい。『GANTZ:O』に関してはストーリーの部分の弱さへの指摘が目立ったものの、映像クオリティには批評家・観客ともに感嘆する声が多く聞かれた。クラシックス部門では日本から加藤泰監督の『ざ・鬼太鼓座』と黒澤明監督の『七人の侍』の二作品のデジタルリマスター版が上映された。『ざ・鬼太鼓座』は佐渡を中心に活躍する同名の和太鼓パフォーマンス団を追ったドキュメンタリーで、1981年の完成当時諸々の事情によりいわゆるお蔵入りしてしまっていたため、今回の上映が‘ワールドプレミア’となった。同作を「とても特別な作品」と評していた映画祭ディレクター、バルベラ氏も上映時には会場(客席)に姿をみせ、松竹・小松氏の解説に聞き入っていた。『七人の侍』はほとんど説明不要の世界的に名高い傑作である。1954年にヴェネチア映画祭で銀獅子賞を獲得しており、ヴェネチアとは縁が深い。今回の修復により画像も音もクリアになり、原版の風合いを損なうことなく格段に観やすく、台詞も聴きやすくなっていた。各国の映画人気投票で常に上位に位置し、後の映画界にも多大な影響を与えた本作。この作品のリメイク作品『荒野の七人』(ジョン・スタージェス監督)のさらにリメイクである、Antoine Fuqua監督最新作『The Magnificent Seven』が今回のヴェネチア映画祭クロージング作品でもあったのもやはり縁なのだろうか。

『ざ・鬼太鼓座』上映前に英語で作品の解説をする
松竹・小松士恩氏。
 



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