公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇カンヌ映画祭 2018/5/8-19
  Festival de Cannes

 

**主な受賞結果**
パルム・ドール 『万引き家族』  是枝裕和
グランプリ BlacKkKlansman by Spike Lee
審査員賞 Capernaum by Nadine Labaki
名誉パルム・ドール Jean-Luc Godard (‘Image Book’に対し)
最優秀監督賞 Pawel Pawlikowski (‘Cold War’に対し)
最優秀女優賞 Samal Yeslyamova ( ‘My Little One’ by Sergey Dvortsevoy での演技に対し)
最優秀男優賞 Marcello Fonte ‘Dogman’ by Metteo Garrone での演技に対し)
最優秀賞脚本賞 Alice Rohrwacher ‘Happy As Lazzaro’ に対し) Nader Saeivar ( ‘3 Faces’ by Jafar Panahi に対し)
カメラ・ドール Girl by Lukas Dhont
ある視点賞 Border by Ali Abbasi
ある視点・審査員賞 The Dead and the Others by Joao Salaviza, Renee Nader Messora
国際批評家連盟賞 ・Competition:
 Burning by Lee Chang-dong

・Un Certain Regard:
 Girl by Lukas Dhont

・International Critics' Week:
 One Dayy by Zsofia Szilagyi
パルム・ドッグ賞 Canine (‘Dogman’)

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**

 

第71回を迎えたカンヌ映画祭。今年も話題に事欠かない回であった。70周年を前年終え、新たなスタートと目したのであろうか。映画祭においてはいくつか大きな変化がみられた。カンヌ映画祭の期日は例年水曜日スタート、次週の日曜日終了であったが、今年から火曜日スタート、土曜日終了に変更された。映画祭の後半はプレス関係者以外の参加者はどんどん去ってしまい、最終日である日曜日はかなり寂しくなっていた。「クロージング作品まで観ていって欲しい」というのがこの変更の一因である、といった主旨のコメントをプレジデントのピエール・レスキュー氏は出していたが、結果は参加者の帰国がさらに早まっただけだったように思えた。

何より注目されたのは選定作品の変化であった。近年、公式部門(特にコンペティション部門)は常連監督たちで半数以上の枠が埋まるのが常であったが、今年は様子が違っていた。コンペティション部門には昨年より2本多い21作品が選出された中、ゴダール、ジャ・ジャンクー、ヌリ・ビルゲ・ジェイランといった常連監督作品もコンペ入りしてはいたがむしろ彼らは少数派で、カンヌ歴はあってもそれほどの回数でもない監督たちの作品が目立ち、初カンヌ入りした監督作品も含まれていた。‘ある視点’部門においてはこの「新鮮さ」を求める傾向はさらに顕著で、18本の出品作品のうち6本もの初監督作品が選出されていた。この変化からは新陳代謝を図ろうとしているカンヌ映画祭の姿勢が明らかに見られ、常連監督こそ厳しめの基準で良いと常々思っていた身としては、歓迎すべき傾向である。出品作品は全体的に高水準で、極端に評価の低い作品はほとんど見当たらなかった。受賞を果たした作品以外にも、韓国のイ・チャンドン監督が村上春樹氏の短編小説『納屋を焼く』を映画化した『Burning』や、中国のジャ・ジャンクー監督の『Ash is Purest White』等も出色の出来であった。今回の審査員長はオーストラリア人女優、ケイト・ブランシェット氏。審査員団9名のうち5人が女性であったのは世論を配慮してのことだろうか。東アジアからは日本にも馴染みの深い台湾の俳優、チャン・チェン氏が入っていた。


レッドカーペット。今年のメインビジュアルは
『気狂いピエロ』(’65)がモチーフとなっている。
 

今年は開催前から映画祭側は「レッドカーペットでのセルフィー(自撮り)禁止」を公言していた。昼間の上映時は比較的規制も緩く、さっと撮って即移動する分にはたいてい黙認されていたようだ。が、撮影者とそれに注意した係員が口論になっていたシーンも見受けられた。夜の部はより徹底していた。とはいえ各人がスマートフォンを持つ時代である現在、厳密な禁止は実際問題不可能であり、結局のところ参加者のモラルにかかっている。

プレス向け上映に関しても大きな変化があった。昨年までは公式上映の前に行われていたが、今年からは公式上映後へと移った。公式上映前にプレスから情報が洩れたり、悪評が出てしまうことへの弊害を考慮しての措置である。プレス関係者からは不満の声も聞かれたが、映画祭側の説明も理解できる部分もあり、来年以降もこのパターンでゆくと思われる。

テロ対策は当然ながら今年も続行された。公式上映会場・マーケット会場どちらに入場する際も、空港でのように金属探知機を通り、ボディーチェックを受けなくてはならない。その後に手荷物検査があるが、慣れの問題かもしれないが、前回よりは感じの良い調べ方のように思えた。昨年のポーチの中まで丹念に調べられる行き過ぎのセキュリティチェックに辟易し、今年もそれなりに覚悟を決めてはいたが、昨年に比べるとかなりストレスは軽減した。



昨年の映画祭から続いていた大手配信会社ネットフリックス作品をめぐる騒動には一応の決着をみた。昨年、ネットフリックス社の製作作品がコンペティション部門に入ったことによって、‘劇場公開の見込みのない作品の参加の是非’について議論が起こった問題である。今回、カンヌ映画祭は「フランスで劇場公開の見込みのない作品はコンペ部門へは選出しない」との方針を決定。それを受けてネットフリックス側はカンヌ映画祭からの全面的な撤退を表明した。コンペ部門以外での出品の打診はあったものの、それには応じなかったと漏れ聞こえてきている。このカンヌ映画祭の方針については各方面から賛同・異論さまざまな声が上がっている。それぞれの立場によって見解も変わるため、誰もが納得する‘正解’を求めるのは無理な問題であろう。

政治的メッセージも臆さず発するのもカンヌ映画祭の特徴であるが、今回はコンペティション部門に作品が出品されていた二名の監督が、政治的理由から参加を果たせないという事態が発生した(ゴダール監督の不参加は健康上の理由)。ロシアのキリル・セレブレンニコフ監督、イランのジャファル・パナヒ監督の二人である。前者は詐欺容疑(*反体制的な芸術活動のため、と取る向きも多い) で逮捕され自宅軟禁中、後者は反体制活動の罪により海外渡航が禁じられている。カンヌ映画祭としてもそれぞれの政府に働きかけをしたそうだが、聞き入れられなかった。セレブレンニコフ監督の場合、逮捕はまさに今回の出品作『LETO』の撮影中だったという。映画祭に出席できないことは自明ながらも、それぞれの作品の上映に伴う記者会見の会場には、監督のネームプレートと席が設けられていた。映画祭からのロシア、イラン両国政府当局への抗議の行動ともとれなくもなかった。



**日本映画**


是枝監督の受け取った
‘パルム・ドール’。
ショパール製。
 

今回のカンヌ映画祭は日本映画にとって特別な回となった。是枝裕和監督の『万引き家族』が日本映画として21年ぶりに最高賞であるパルム・ドールを受賞した。日本人監督としては衣笠貞之助(『地獄門』’54 )、黒澤明(『影武者』’80 )、今村昌平(『楢山節考』’83 /『うなぎ』’97)氏らに続いて4人目の快挙である。公式上映時の反応も批評家からの賛辞も際立っており、パルム・ドールの有力候補と目されていた。が、賞を決定するのはあくまでも審査員団。評判と審査結果が一致しないことも往々にしてあるのが映画祭である。過去にも受賞が確実視された作品が無冠に終わった例は数多い。しかし今回は評判と審査結果がほぼ一致したといえるだろう。審査委員長にも激賞された安藤サクラ氏の演技に対しての評価も特筆すべきものがあり、パルム・ドール受賞作は他の賞を得られないというルールがなければ、安藤氏が女優賞を獲得した可能性は高かったと思われる。『万引き家族』の受賞は日本のマスメディアにも驚くほど取り上げられ、是枝監督は‘時の人’となった感がある。


『万引き家族』公式上映後にスタンディング・オベーションを受ける是枝監督と出演者。

2002年の『ディスタンス』で初めてカンヌに登場して以来17年の間に、コンペ部門には5作品、ある視点部門に2作品の出品歴があり、近年はほとんど毎年の出品を果たしており、‘カンヌ監督‘の仲間入りをしていた。カンヌ登場第一作目で最高賞受賞を果たした監督も存在するので一概には言えないが、審査にあたっては是枝監督のこれらの実績も加味されたのかもしれない。受賞から約3週間後という良きタイミングでの日本での公開となり、非常に良い成績で推移している。カンヌ映画祭の影響力を再認識した一連の流れであった。


『寝ても覚めても』公式上映後。
左)東出昌大氏、中央)唐田えりか氏、右)濱口竜介監督
 

今回は日本作品がもう一本コンペティション部門に選出された。濱口竜介監督の『寝ても覚めても』である。濱口監督は初めてのカンヌで、コンペティション部門への出品であり、このパターンは日本人監督としては非常に珍しい。(たいていの初カンヌ作品は監督週間・批評家週間、もしくは‘ある視点’部門への出品)。今作の高いクオリティが評価されたのは言うまでもないが、濱口監督の前作『ハッピーアワー』(2015)がロカルノ映画祭で最優秀女優賞を受賞し、その後も多くの映画祭で上映され、アート系の映画界での知名度が一気に上がっていたのも選出の一因であったと想像できる。『寝ても覚めても』の公式上映日は朝から雨が降り続いていたが、タイミングよく夕方の上映開始直前に上がり、監督・キャストらがレッドカーペットに登壇する際には晴れ間すら見えた。満員の観客からは大きな拍手をもって受け入れられ、上映に立ち会った関係者は感激の面持ちであった。ヨーロッパ、特にフランスのメディアは非常に好意的な批評を出していた。濱口監督の次へ繋がる堂々たるデビューであった。

短編部門入選作『どちらを選んだのかはわからないが、どちらかを選んだことははっきりしている』は、3943本の応募作品の中から選ばれた8作品のうちのひとつである。クリエイティブディレクターで東京芸術大学教授の佐藤雅彦氏を中心に、佐藤氏の研究室の卒業生三人による映像製作チーム「C-project」の関友太郎氏、豊田真之氏、平瀬謙太朗氏、そして映画プロデューサーの川村元気氏による5人の共同監督作品である。佐藤氏と「C-project」は2014年『八芳園』でも選出されており、栄えある二度目の入選となった。登場人物は当然どちらかを選んでいるのだが、どちらを選んだかは描かれないまま、物語が進行する。‘新しい表現方法’の創造に情熱を注いでいる監督たちならではの実験的な手法で作られたており、14分ながら非常に見応えがあった。

『どちらを選んだのかはわからないが、どちらかを選んだことははっきりしている』の
監督たちと主演の黒木華氏。

左から平瀬謙太朗監督、佐藤雅彦監督、黒木華氏、
川村元気監督、豊田真之監督、関友太郎監督。
 

監督週間部門には細田守監督のアニメーション『未来のミライ』が選出された。細田監督作品のカンヌ入りは今回が初であった。同作に声の出演として参加した黒木華氏は『どちらを選んだのかはわからないが、どちらかを選んだことははっきりしている』の主演女優でもあり、今回は二作品に関わってのカンヌ入りとなった。カンヌ・クラシックス部門では小津安二郎監督の『東京物語』の4Kデジタル修復版が上映された(2013年のベルリン映画祭のクラシックス部門で上映されたのは2K修復版)。修復に当たり、6本の小津作品をプロデュースした山内静雄氏、3本の小津作品で助監督を務めた田中康義氏らが監修の任を担ったとのことである。

**監督週間50周年**


1968年、フランスのいわゆる5月革命の流れの中、カンヌ映画祭の権威主義的な作品選考等に反発したフランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールら若手監督たちの抗議行動により映画祭は中断に追い込まれ、翌69年には彼らを中心として、「監督週間」が設立された。それから50年目にあたるのを記念して、歴代ディレクターと監督週間にゆかりのある監督たちとが一同に会した。この50年をまとめた小冊子も作成され、監督週間から羽ばたいていった錚々たる監督たちのコメントが記載された。また2002年以来設けている特別功労賞「黄金の馬車(キャロス・ドール)」賞は今回はマーティン・スコセッシ監督に授与された。2012年よりディレクターを務めていたエデゥアール・ウィンズロップ氏は今回をもって退任となり、後任はイタリア人であるパオロ・モレッティ氏に決定している。ウィンズロップ氏の指揮下の2012年から今年までの間に、日本映画の選出はアニメーション2本・実写1本のみという少なさであったが、来年以降はどうなるか。作品選定をはじめ、新ディレクターがどのような舵取りをしてゆくのか要注目である。



**Cannes Three Days**


今年から、カンヌ映画祭は「Cannes Three Day(カンヌの3日間)」と銘打ったプログラムを創設し、若者たちに門戸を開いた。パスを入手した18−28歳の若者たちは5月17〜19日の三日間メイン施設会場<パレ>内に入ることができ、公式部門の映画の鑑賞が可能になるというプログラム。パスを得るには期限までにエッセイを書いて映画祭に提出し、承認されなくてはならない。カンヌ映画祭は基本的に映画関係者に向けた映画祭であるため、公式部門会場内には一般の観客はほぼ存在しない(何らかの形で「招待券」を入手して上映会場に入場する場合のみ別)。ちなみに公式部門以外の監督週間、批評家週間においては普通にチケットを販売しており、一般に開かれている。公式部門のメイン施設<パレ>内に入るにはパスを獲得していなくてはならないわけであるが、職種や映画祭への参加する立場に応じていろいろな種類のパスがあり、その種類によって入れる場所もさまざまである。見たところ学生と思われる若者たちが今回からの措置でパレ内であちこちを見て回ったり、写真を撮っている姿は新鮮だった。例年会期の後半は参加者の多くがすでに帰路についてしまっていることから会場内はかなりすいている。最後まで賑わいを維持したい、そして裾野を広げたい映画祭側、映画祭を体験したい若者側双方にとって好ましいプログラムであろう。


メイン会場前の広場でくつろぐ若者たち。
 





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