公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ベルリン国際映画祭 2020/2/20-3/01
  Internationale Filmfestspiele Berlin

 

**受賞結果**
金熊賞 『There is no Evil』 by Mohammad Rasoulof
銀熊賞 審査員賞 『Never Rarely Sometimes Always』 by Eliza Hittman
最優秀監督賞 Hong Sang Soo監督 (『The Woman Who Ran』)
最優秀女優賞 Paula Beer (『Undine』 by Christophe Petzold)
最優秀男優賞 Elio Germano ( 『Hidden Away』 by Giorgio Diritti)
最優秀脚本賞 Damio &Fabio D’Innoocenzo for 『Bad Tales』
芸術貢献賞 Jurgen Jurges for cinematography in『DAU.Natasha』
70th Berlinale 『Delete History』 by Benoit Delepine,Gustave Kervern
Encounter 最優秀作品賞 『The Works and Days of Tayoko Shiojiri in the Shiotani Basin』 by C.W. Winter, Anders Edstrom  
審査員特別賞 『The Trouble With Being Born』 by Sandra Wollner
最優秀監督賞 『Malmkrog』by Cristi Puiu
スペシャルメンション 『Isabella』 by Matias Pineiro
最優秀新人作品賞 『Los Conductos』by Camilo Restrepo
最優秀ドキュメンタリー賞 『Irradiated』 by Rithy Panh
国際批評家
連盟賞
コンペ部門 『Undine』 by Christian Petzold 
パノラマ部門 『Mogul Mowgli 』 by Bassam Tariq
フォーラム部門 『The Twentieth Century 』 by Matthew Rankin
Berlinale Camera
(貢献賞)
Ulrike Ottinger (監督/ ドイツ))
Honorary Golden Bear
(金熊名誉賞)
Helen Mirren (俳優/英国)

(『』内は英語題名) *日本からの出品作品と受賞結果はこちらから



**概観**


今年のポスター

今年はアメリカのアカデミー賞が例外的に早かった(2月7日:通常は2月末か3月初め)の影響で、スタートが約二週間遅れたベルリン映画祭。今回からはふたりのディレクターの舵取りのもと新体制に入るということで、内外からの期待も高まっていた。エグゼクティブ・ディレクターとしてロジスティックス関係を担うマリエッタ・リッセンベーク氏と作品選定の統括を行うカルロ・シャトリアン氏、どちらも十分な実績を有する映画人である。そして今回はベルリン映画祭創立70回目でもあった。映画祭前日の19日、フランクフルト郊外の町で、9人のトルコ系の移民がテロリストによって殺されるという事件が起きたため、これを踏まえてベルリン映画祭でもオープニングセレモニー時に、犠牲者と家族に1分間の黙祷が捧げられた。ベルリン映画祭には創設者アルフレッド・バウアー氏の名を関した賞があるが、開幕直前にバウアー氏のナチス政権での活動歴が明らかになり、即座にその名称を「70回記念銀熊賞」と変更した。ナチス政権時代の過ちに対して真摯に向き合い続けるドイツの姿勢がうかがえる。ちなみに同賞は映画芸術において注目すべき新たな表現方法、新たな視点を提示した作品及び表現者について授与される賞である。オープニング日の審査員の記者会見が行われた際には、今年の審査員長ジェレミー・アイアンズ氏が自らの過去の発言(性的虐待、同性婚、妊娠中絶に関する)に対して、謝罪・撤回するシーンがあった。アイアンズ氏が審査員長に決まってから、メディアで取り上げられ問題になっていたことへの対応であった。社会的に問題視された事柄に対する対処がやはり徹底していると思わせられる。


メイン会場‘ベルリナーレ・パラスト’
向かう人々

まずハード面に関して(映画祭の意図するところではなかったが)大きな変化が見られた。パノラマ部門やフォーラム部門の会場として重要な存在だったソニーセンター内のシネコン、「シネスター」が閉館となり使用不可能となってしまった。その分を補完すべく、かつてのメイン会場エリア(旧西ベルリン地区)のZOOパラストの使用を増やすことに加え、以前にも増して会場が市内に拡散した状態であった。また、何かと重宝していた「アルカデン」が大規模な改装工事に入ってしまっていた。映画祭のチケット売り場と公式グッズ売り場はそれでもアルカデン内に例年通り設けられてはいたが、食事や休憩場所の選択肢が激減し、閑散とした内部にはもの寂しさが否めなかった。注目されたプログラムに関しては、すでにシャトリアン氏独自のカラーが垣間見られた。メインのコンペティション部門の18本をみると、ベルリン映画祭「らしい」といわれるような政治的・社会的な硬派なテーマを扱った作品は少数派で、かわってアート色が強い、あるいは表現方法の面白さが特徴的な作品が多くを占めた。が、そんな中で金熊賞・審査員グランプリといったトップの賞はベルリン映画祭「らしい」と目される作品たちが占めた。金熊賞はイランのモハマド・ラスロフ監督の『There Is No Evil』が受賞。同監督は現在イランにて拘留されており、映画祭参加の許可は下りなかった。監督に代わってプロデューサーと、監督の娘で女優のバラン・ラスロフ氏が登壇。受賞式後の記者会見ではプロデューサーの携帯電話を通じて、監督が直接受賞の喜びを語るシーンも見られた。審査員グランプリ作品『Never Rarely Sometimes Always』もアメリカが舞台の、妊娠中絶をめぐる問題提起を意図したやはり‘社会派’作品である。
金熊賞に輝いたのはイスラエル人のナダブ・ラピド監督作『Synonymes』(フランス・イスラエル)であった。監督自身の経験をベースに、イスラエル出身の青年がパリでフランス人に同化しようともがく様子が皮肉とユーモアを込めて描かれた作品である。次点にあたる審査員グランプリは、フランソワ・オゾン監督がフランス・リヨンで実際に起きた神父による性的虐待事件を題材にした『By the Grace of God』。これまでの華のあるオゾン監督作品とは一線を画した骨太な社会派作品で、オゾン監督の「どうしても撮らなくてはならない」という強固な意志が伝わってきた。監督賞とアルフレッド・バウアー賞には、ふたりのドイツ人女性監督の作品がそれぞれ選ばれた。監督賞のアンゲラ・シャーネレク監督の『I was at Home, but』は、ストローブ=ユイレの影響が色濃くみられる作品として、特に批評家筋の評価が高かった。アルフレッド・バウアー賞は、母親に見放され、施設に預けられる問題児の少女を追った『System Crasher』に授与された。



賑わうマーケット会場

  
 プレスセンター。
ドイツのカフェチェーン店、
‘アインシュタイン’のコーヒーが提供された。
  



一番注目された変化は新たなコンペティション、「エンカウンター」部門の導入であった。この部門は公式HPの紹介によれば「映画界における新しい声や多様性のある物語やドキュメンタリーをサポートする部門」と定義されており、3人の国際審査員によって最高賞や審査員賞などが決まる。今回の審査員のひとりは東京フィルメックスディレクター、映画プロデューサーの市山尚三氏であった。今回選出されたのは15本。主に新人、または中堅に位置づけられる監督たちの野心的・創造的な作品が揃っており、概ね好評な第一回であった。シャトリアン氏のロカルノ映画祭ディレクター時代からの人脈も功を奏している様子である。作品の傾向的に既存のパノラマ部門、フォーラム部門との住み分けが今後の課題となりそうなことだけがやや危惧されるが、まずまず順調なスタートを切ったといえる新体制。次回への期待もすでに高まっている。    







**日本映画**


『精神0』公式上映。
柏木規与子プロデューサー(左)、
想田監督(中)、
フォーラム部門ディレクター、
クリスティーナ・ノード氏(右)

前回に引き続き、残念ながら日本映画の非常に少ない回であった。そんな中にあっても、ジェネレーション14+部門に出品された諏訪敦彦監督の『風の電話』は、ベルリンの観客の心をつかみ、同部門のスペシャルメンションを受けた。また、フォーラム部門出品の想田和弘監督によるドキュメンタリー作品『精神0』が、エキュメニカル審査員賞を受賞。想田監督の同門への出品は四作品目で、常連として良作を送り続けている。『精神0』の関連作『精神』も同部門に10年前に出品されており、どちらも鑑賞した人々からの感想も相次いだという。また フォーラム部門は今回が創設50周年ということで、第一回目に上映された作品を再上映、その中には大島渚監督の 『儀式』も含まれていた。





アン・リー監督×是枝監督対談。
終始和やかな雰囲気で展開された。


今年は70回を記念して、’On Transmission’というスペシャル部門が設けられた。ベルリン映画祭と縁の深い7人の監督が、それぞれ監督をひとり指名して、お互いに選び合った一作品を上映、その二作品の上映の間に小一時間ほどのトークが繰り広げられるという贅沢なプログラム。その中のひと組として、アン・リー監督の指名を受けて是枝裕和監督が登壇した。アン・リー監督が是枝監督(1993年『ウェディングバンケット』と1996年『いつか晴れた日に』でベルリン映画祭において二度金熊賞を受賞)の『ワンダフルライフ』を、是枝監督はリー監督の米アカデミー賞監督賞受賞作、『ブロークバック・マウンテン』を選択。続くトークの中で、リー監督による『ワンダフルライフ』のリメイクの話があったことも明らかになった。和やかな中にお互いへのリスペクトが溢れた、充実のトークとなった。500人の満員の観客の中には、現地在住と思われる中国系、日系の人々の姿も目立った。やはり出身地域の巨匠たちの来訪は特別なものがあるのであろう。観客からの質問にもときにユーモアを交えつつ真摯に答える両監督に、終始良き雰囲気に包まれた。70周年の今回に限るのが少々惜しいようにも思われる好企画であった。








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