公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇カンヌ映画祭 2021/7/6-12
  Festival de Cannes

 

**主な受賞結果**
パルム・ドール Titane Julia Ducournau
グランプリ A Hero  Asgar Farhadi
Compartment N°6  Juho Kuosmanen
審査員賞 Memoria Apichatpong Weerasethakul
Ahed’s Knee Nadav Lapid
名誉パルム・ドール Jodie Foster, Marco Bellocchio
最優秀監督賞 Leos Carax(for "Annette")
最優秀女優賞 Renate Reinsve (in "The Worst Person in the World" )
最優秀男優賞 Caleb Landry Jones (in "Nitram")
最優秀賞脚本賞 濱口竜介、大江崇允 (“ドライブ・マイ・カー”)
カメラ・ドール Mutina Antoneta Almat Kusijanovic
ある視点賞 Unclenching the Fists  Kira Kovelenko
ある視点・審査員賞 Great Freedom  Sebastian Meise
国際批評家連盟賞 ・コンペ部門: ドライブ・マイ・カー  濱口竜介
・ある視点部門: Un Monde Laura Wandel
・批評家週間: Feathers  Omar El Zohairy

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観**


バカンス客も加わり、人出は例年とほぼ変わらないように見えたが・・・。
 

今年のカンヌ映画祭は通常の5月から例外的に7月に変更しての開催となった。昨年は新型コロナウイルス感染拡大の中、中止を余儀なくされたため2年ぶりの開催である。安全面に関しての懸念は払拭できていないものの、この世界的な映画祭を2年続けて行わないというのはありえない、というフランス映画界としての判断があったことは想像に難くない。映画祭事務局の方々との懇談の際も安堵感が伝わってきて、開催に至るまでの苦心がしのばれた。7月はフランスにおいてはバカンスシーズンである。もちろん暑い。日本のような身体にまとわりつくような湿気はないものの、日中は30度を越す日も多く、海で泳ぐ人の姿も散見された。メイン会場<リュミエール>での夜の上映は正装が必須であり、男性たちはスーツに蝶ネクタイ姿。当人たちは暑かったに違いないが、不思議と暑苦しくは見えなかった。着ている人たちの気合いだろうか。カンヌの街も、映画祭会場付近もバカンス客で賑わっており、人出に関しては例年とさほど変わりのない光景がみられた。とはいえ、関係者たちが利用するメイン施設<パレ>内に入ると業界の、いわゆる映画祭参加者は明らかに大幅に少ないことを実感した。参加登録者は例年の4万人から2万8千人ほどであったとのこと。フランスへの入国が容易ではない国もまだまだ多かったため、参加者のほとんどをフランスと近隣のヨーロッパ、ワクチン接種の進んだアメリカからの人々が占め、それ以外の地域からは極端に少なかった。少なかったのはなんといっても併設のマーケット。オンラインとのハイブリット開催となり、圧倒的多数の業者が現地での参加を見送った。閑散としたマーケット会場は衝撃的な寂しさであった。渡航制限等でカンヌ入りが現実的に難しく、かつカンヌにとって重要であるとされる世界5都市(東京・メルボルン・メキシコ・ソウル・北京)においては、主にバイヤーを対象とした一部の公式部門出品作品の試写会が組まれてもいた(オンライン上映もあった)。マーケットに関しては来年以降もハイブリッド型が続くとの見方が強いが、そうなるとマーケット会場のこの閑散とした状況が続くのかどうか、もしくはそれでも対面式の利点を再認識した業者の人々が、人数や日数を削っても戻ってくるのか先が読みにくい。

7月14日のフランスの革命記念日にはカンヌの海岸で盛大に花火が打ち上げられ、お祭りモード。この時期にカンヌにいることはまずないので、外国人には驚きつつも嬉しいサプライズであった。


カンヌ映画祭代表のティエリー・フレモー氏(左)と
副代表のクリスチャン・ジュンヌ氏

<新型コロナ対策>

係員たちが丹念に‘陰性証明’’ワクチン接種済み証明‘をチェック。
 

参加者や映画祭スタッフ等の安全をある程度担保するにあたり、映画祭関係施設への入場は、通常のパスに加え、ワクチン接種完了者であるか、もしくは48時間以内に受けたPCRもしくは抗原検査の陰性証明を提示することを必須とした。この入場チェックが非常に厳格で、ひとりに対して複数人がチェックしたりすることもあり(入口付近が渋滞しがちだったのは言うまでもない)、映画祭側の本気度がうかがえた。であるにも関わらず、「上映会場」に関してはこの証明が求められないのが不可解であった。カンヌ映画祭の行われている時期は、フランスの一般の映画館ではこれらの提示を求められていなかったので、それに準じた措置とのことであったが(*現在は変更されている)、どうにも釈然としなかった。また、上映会場内はひと席あけではなく100%の収容人数で、作品によってはかなり密状態であり、上映終了後も例年同様、皆が一斉に退出するので当然ながら混雑し、口々に感想を言い合う人々の中にあっての退場は落ち着かなかった。映画祭の施設内及び上映会場ではマスク着用が求められたが、入場後は厳格に守られていたとは言い難い。レッドカーペットで写真を撮るカメラマン・ウーマンも常にマスク着用が必須で、黒マスク姿で挑んでいた。

 


待ち時間もなく、快適なPCRセンター

映画祭のPCR検査センターは映画祭メイン施設である<パレ>近くに設置され、非常に効率の良い施設であった。まず検査時間をスマホかPCで予約し、検査場に向かう。場内には十分な数の(そしててきぱきと、感じが良い)スタッフが常備しており、検査結果は約6時間後に判明し、スマートフォン等に通知され、その結果を映画祭施設への入場の際に提示するという仕組み。フランス人・外国人の別なく全員無料だったのもありがたかった。印刷した紙での提示ももちろん可能ではあるが、なにかにつけスマートフォンが不可欠だと痛感させられた。また、今年から映画祭での映画鑑賞チケットが電子チケットになった。以前からチケットの予約はオンラインで行っていたが、一昨年までは紙のチケットを発券する必要があった。が、今回からはスマートフォンでQRコードを提示すれば良い(印刷してもQRコードがあればもちろんそれで良し)。招待チケットなど、紙のチケットも存在することはするがかなり限定的であった。これまでは行列して順番に入場であった「ある視点」部門等に関しても、事前のオンライン予約となっていた。行列という’密’を防ぐためであろう。炎天下に延々並ぶのはきついものがあったので、この変化は歓迎である。


**出品作品**


二年分ということもあり、例年以上にひときわ豪華なラインナップが発表されており、人々の期待は高まっていた。そして、作品とともに欧米のスター俳優たちが多数来場し、映画祭を華やかに盛り上げた。「コンペ部門」の作品は24本。例年の20本前後に較べると明らかに多い。その一方で「ある視点」部門の作品が例年より少ない20本、新設の「カンヌ・プレミエール」部門は13本。「カンヌ・プレミエール」部門の位置づけとして’すでに評価の高い監督の優れた新作’を上映する部門とのことで錚々たる顔ぶれであった。が、コンペや「ある視点」部門との差異がどうにも分かりにくく、’新設’なのか、今年限りの部門なのかもいまひとつ定かではない。「アウト・オブ・コンペティション」も含め、公式部門全体では上映本数は例年より微増とのことであった。その中でもその数の多さで際立っていたのはフランス映画、または何らかの形でフランスが関わっている作品であった。フランスの映画祭である以上、自国の産業を振興する役割も負っているのは自然ではあるが、それにしても多かった。反面、クオリティという意味ではそこまで高いとは言い難い作品もままあり、やはりいろいろな意味で例外的な回であるのかとの思いを強くした。
今回のコンペティション部門審査委員長はスパイク・リー監督。昨年2020年の審査委員長として決定していたが持ち越しとなり、満を持しての登場となった。リー監督を含めた9名の審査員の内訳は女性5名・男性4名。年齢・出身エリアの多様性もバランスをもたせた選出と思われる顔ぶれであった。


スパイク・リー監督のビジュアルが迎えてくれた
 


コンペ部門の受賞結果は総じて大方の予想に反していたといえるだろう。ダブル受賞が続出したのも、審査の難航具合を表している。リー審査委員長がパルム・ドール作品をうっかり口にしてしまうというハプニングもあり、何かと驚きの多い受賞式であった。パルム・ドールはフランスのジュリア・デュクルノー監督の『Titane』に授与された。長編デビュー作品である『RAW 少女のめざめ』(2016年「批評家週間」選出)にて、すでにその個性が注目されていたデュクルノー監督であるが、今回二作目で初のコンペ部門出品で見事栄冠に輝いた。荒唐無稽とも言えるストーリーと過激な表現ゆえに好みは分かれるであろう作品だが、審査員団は独創性と監督としての手腕を評価して決定に至ったのだと思われる。カンヌ映画祭の歴史においては二人目の女性監督のパルム・ドール受賞でもあった(『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオンが初)。フランス映画界に刺激を与える、画期的な作品を発表し続けつつも賞とは無縁であった、レオス・カラックス監督が、今回『アネット』で監督賞を受賞したのは感慨深かった。



**日本映画**


公式上映招待券

日本映画は各部門に広く選出された。なかでも話題の中心はやはりコンペティション部門の濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』であった。濱口監督は2018年の『寝ても覚めても』に続く二度目のコンペティション部門選出。『ドライブ・マイ・カー』は映画祭中盤に上映されると、観客・ジャーナリストの両方からの熱烈な支持を受け、業界紙のみならず一般紙・ウェブにても絶賛評が相次いだ。実際に「コンペ作品の中で最も感銘を受けた」という声を多数聞いた。海外でも抜群の知名度と人気を誇る村上春樹原作というのもポイントが高かったようだ。結果、共同脚本家の大江崇充氏とともに脚本賞を受賞。濱口監督の謙虚でエレガントな受賞スピーチとともに、各方面から大きな賛辞が寄せられた。また、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞という3つの独立賞も受賞するという快挙を遂げた。




パレ内に入場する濱口監督・
霧島れいか氏・三浦透子氏
  
囲み会見にて


「ある視点」部門のオープニング作品、『ONODA』はアルチュール・ハラリ監督のフランス映画であるが、日本の資本も入っており、キャストは日本人で占められている。第二次世界大戦終了後、29年にわたってフィリピンのジャングルで潜伏していた小野田寛郎氏の生涯を描き、大きな反響があった。ある一定の年齢の日本人ならぼんやりと(またははっきりと)覚えている人物についてフランスの監督が映画化というのが新鮮であった。また、「カンヌ・プルミエール部門」の『竜とそばかすの姫』は映画祭開幕2日前に出品が発表され、驚きをもって迎えられた。細田監督は2018年に『未來のミライ』が監督週間に選出されており、公式部門入りは今回が初。日本公開はこの上映の翌日であった同作。会場を埋め尽くした観客から熱く長いスタンディングオベーションを受け、幸先の良いワールドプレミア上映となった。







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