公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇第70回 サン・セバスチャン国際映画祭 2022/9/16-24
  Donostia Zinemaldia Festival de San Sebastian
   International Film Festival

 

**受賞結果**
GOLDEN SHELL
(金の貝殻賞=最優秀作品賞)
THE KING OF THE WORLD LAURA MORA
(COLOMBIA-LUXEMBURG-FRANCE-MEXICO-NORWAY)
SPECIALJury Awards
(審査員賞)
RUNNER  Marian Mathias
(USA-GERMANY-FRANCE)
SILVER SHELL
(銀の貝殻賞:最優秀監督賞)
百花 川村元気
SILVER SHELL
(銀の貝殻賞:最優秀主演俳優賞)
Paul Kircher (‘Winter Boy’での演技に対し)
Carla Quilez (‘La Maternal’ での演技に対し)
SILVER SHELL
(銀の貝殻賞:最優秀助演俳優賞)
Remata Lerman (‘The Substitue’ での演技に対し)
最優秀脚本賞 Dong Yun Zhuo, Wang Chao (‘A Woman’ 脚本に対し)
観客賞 ARGENTINA, 1985 Santiago Mitre (ARGENTINA - USA)
観客賞(ヨーロッパ映画) THE BEAST Rodorigo Sorogoyen (SPAIN- FRANCE)
Donostia Award(功労賞) David Cronenberg, Juliette Binoche

 *日本からの出品作品はこちらから

 

**概観**

コロナ禍の2020年、2021年もサン・セバスチャン映画祭はリアル開催を実施した。人数制限やマスク着用の徹底などのさまざまな対策を講じ、この二回の開催にはたいへんな努力を要したと主催者の人々は語っていた。晴れて無規制となった今回は、期間中の天候にも恵まれ、大いに賑わいをみせていた。

映画祭ポスターが飾られているバス停

サン・セバスチャン市の正式名称はDonostia-San Sebastian(ドノスティア=サン・セバスティアン)。前者がバスク語、後者がスペイン語で、「ビスケー湾の真珠」「カンタブリア海の真珠」との意味だという。文化都市として年間を通してさまざまな文化イベントが繰り広げられる同市ではサン・セバスチャン映画祭、ファンタスティック映画祭など4つの映画祭が開催され、シネクラブでは毎週上映会が行われており、市民たちが日常的に映画に親しむ素地が整っている。その中でもサン・セバスチャン映画祭は市(及び地域)の最大の映画イベントで、人口約18万8000人の街に、2018年は会期中に17万5000人が訪れた。1953年の設立以来、困難な状況にある時でも一度も開催を見送ることなく続け、今回で70回目を数えた。予算の約半分をサン・セバスチャン市やバスク州などの公的機関が拠出し、残り半分を民間のスポンサーやチケット販売に負っている。世界屈指の美食の町として知られるサン・セバスチャンには、食が主目的の観光客も多数訪れる。特に「バル」の充実は有名であるが、コロナ禍以降は客がそれぞれピンチョスを取ってゆく形式ではなくなり、少々風情が失われた感は否めないが、それでも各バルは昼夜を問わず盛況で、観光業も全体的に順調に回復しているとのことである。


 
ライトアップされたメイン会場、クルーサル

スペイン語圏で最大規模の映画祭なだけにスペイン語を母国語とする中南米からの出品作、参加者が例年非常に多い。スペイン語人口は5億人以上で、英語と中国語に続く世界で3番目の言語市場であることに自覚的なサン・セバスティアン映画祭。すべての部門にスペイン映画・中南米映画が入っており、スペイン映画と中南米映画のショーケース的な役割を果たしているといえる。映画祭はメイン会場である文化複合施設、クルサールを中心にその周囲に数か所、そしてやや距離のある場所にも上映施設があり、市内に点在している。クルサールから徒歩数分の場所に位置するビクトリア・エウヘニア劇場に隣接する広場は、今回も「映画祭広場」の様相を呈していた。広場には特別モニターが設けられ、クルサールでの記者会見の模様や到着したスターたちの様子などが映し出され、市民や観光客が足を止めてそれに見入ったり、鑑賞した映画について広場内のベンチで語ったりする‘映画の時間’を楽しむ光景が見受けられた。また市内のあちこちに映画祭の部門ごとに異なるポスターやバナーが飾られており、町中が映画祭を歓迎するモードに包まれていた。著名監督や俳優たちの多くが宿泊するサン・セバスチャン随一の格式を誇るホテル「マリア・クリスティーナ」の前にはスターたちの入り待ち・出待ちをする市民たちが大勢詰めかけていた。スターたちの宿泊先もホテル到着時間も映画祭が事前に公表している。ホテル前には出待ち用スペースも設けられており、ホテル側も観客フレンドリーである。警備も威圧的ではなく、どこか和やかな雰囲気はサン・セバスチャンならではのものだろう。


 
ホテル前でスターを待つ人々

4年前(第66回)に是枝裕和監督も受賞を果たしたドノスティア賞(生涯功労賞)は、今回はカナダ出身のデヴィッド・クローネンバーグ監督とフランスの女優ジュリエット・ビノシュ氏に授与された。プレゼンターはクローネンバーグ監督へはギャスパー・ノエ監督、ジュリエット・ビノシュ氏へはイザベル・コイシュ監督、ビデオメッセージにヴィゴ・モーテンセン氏が登場するなどスペイン語圏最大の映画祭、やはりなにかと豪華である。国際批評家連盟の年間グランプリに輝いた『ドライブ・マイ・カー』の上映も行われたが、濱口竜介監督の来場は叶わず、ビデオメッセージでの挨拶となった。また、映画祭会期中にはスペイン文化庁主催のスペイン国民映画賞の授賞式も行われ、今年はペネロペ・クルス氏が受賞した。メインコンペ部門の審査委員長はアメリカの俳優グレン・クローズ氏が務める予定だったが、家庭の事情によって急遽キャンセルとなった(代わって、アルゼンチンのプロデューサー、マティアス・モステイリン氏が務めた)。昨今の国際映画祭においてはジェンダーバランスへの意識が高まり、審査委員構成においてはほぼ男女同数が定着しつつあり、さらに審査委員長を女性が務める傾向も強まっている。メインコンペ部門で最高賞を獲得したのは女性監督であるLaura Moraの『THE KING OF THE WORLD』。女性映画人が十分存在感を示した回でもあった。ちなみにサン・セバスチャン映画祭においては「男優賞」「女優賞」という呼称は昨年廃止され、現在は主演、助演ともに「俳優賞」となっている。それ以外にもSDGsに積極的に取り組んでいる同映画祭は冊子での映画祭カタログの発行を止めてデジタル化し、会場外の照明器具をLED電球に変えている。そして映画祭に限らず市内全般に言えることらしいが、バリアフリー設備が充実しており、車椅子利用者や杖を付いた人が普通にどの会場でも見受けられた。

趣きのある上映会場
映画祭広場。特設モニターに見入る市民たち





**日本映画**


今回も多くの部門に日本関係作品が選出された。日本の作品に並々ならぬ関心を寄せ、入念なリサーチを欠かさないサン・セバスチャンのセレクションチームの努力が実を結んでいるといえる。もはやすっかり常連であり、街の人々にも十分認知されている是枝裕和監督は、今回は『ベイビー・ブローカー』で映画祭に戻ってきた。是枝監督にとってもサン・セバスチャンは特別だという。

『百花』上映後、観客たちの拍手の中、
退出する川村元気監督・原田美枝子氏
『宮松と山下』上映後の質疑応答 
(左から)関友太郎監督、
平瀬謙太郎監督、
佐藤雅彦監督  

日本からマインコンペティション部門(部門名は’Official Selection’)入りしたのが川村元気監督の『百花』であった。川村監督による同名小説を自らの長編第一作目として監督した。普遍的なテーマや繊細な映像が観客及び審査員に十分届いたと思われ、最優秀監督賞を獲得した。長編一作目にしての快挙である。現地入りした主演の原田美枝子氏の渾身の演技にも惜しみない賛辞が寄せられていた。新人監督部門には二作品が選出された。一作目は三人の監督による制作集団「5月」の長編第一作『宮松と山下』。“新しい手法が生む新しい映像体験”をテーマに、優れた映像作品や短編映画を製作し、カンヌ映画出品をはじめ、すでに国際映画祭での評価も得てきている三人が満を持して完成させた長編である。多くの台詞に頼ることのない、映像で魅せるドラマは満員の観客の喝采を浴びた。もう一作は古川原壮志監督の『なぎさ』。『なぎさ』は短編でも制作されており、このテーマに関しての監督の思いの深さが窺える。二作品のいずれも惜しくも受賞には至らなかったが、両作品ともに好評を博した。サバルテギ・タバカレラ部門にも二作品が出品された。『ナナメのろうか』は濱口竜介監督の助監督も務めたことのある池田隆之監督の中編作品で、もう一作品はイスラエル大使館協力の‘東北プロジェクト’の一環として製作されたドキュメンタリー、『行き止まりのむこう側』。‘サバルテギ’とはバスク語で「自由」を意味し、この部門はその名のとおり短編・中編・長編と言った長さはもちろんのこと、言語、ジャンル等あらゆる制約から自由であり、前衛的なタイプの作品も多く、出品作品数も多い。会場は旧スペインタバコ専売公社(タバカレラ Tabakalera)を大改装し、常設の映画館・レストラン・カフェ・図書館・ギャラリースペースなどを擁する一大文化施設へと生まれ変わったタバカレラ・センターにて行われている。2016年に会場変更に伴い、名称も現在のように改称された(旧称はサバルテギZabaltegi部門)。


映画祭デイリー。常連・是枝監督をたっぷり1ページ取り上げている



サン・セバスチャン映画祭を特徴づける人気部門、キュリナリー映画部門には、『土を喰らう十二ヵ月』が入った。同作は水上勉のエッセイ『土を喰う日々-わが精進十二ヵ月-』を原案とし、料理家の土井善晴氏が作中の料理監修を担当したことでも日本国内でも話題となっている。同部門では地元の著名なシェフが上映作品からインスパイアされた料理を創作し、上映後にふるまう回があり、たいへん好評を博している。上映後に別会場に移動しなくてはならず、ディナー終了が日付を越える頃になるので参加にはそれなりの覚悟が必要だが、現地の人たちにとっては驚くにあたらない時間なのだろう。今回、『土を喰らう〜』の精進料理をもとにしたディナーはスペインのレストラングループ、「NOMO」で活躍する萩野谷尚之シェフが担当した。








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