公益財団法人川喜多記念映画文化財団
千代田区一番町18番地 川喜多メモリアルビル
映画祭レポート
◇ヴェネチア国際映画祭 2024/8/28-9/07
Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica
**受賞結果** | ||||
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金獅子賞 (最優秀作品賞) |
The Room next door Pedro Almodvor(スペイン) | |||
銀獅子賞 (審査員大賞) |
Vermiglio Maura Delpero(伊、仏、ベルギー) | |||
銀獅子賞 (最優秀監督賞) |
The Brutalist Brady Corbet(英国) | |||
女優賞 | Nicole Kidman (『Babygirl』での演技に対して) | |||
男優賞 | Vincent Lindon (『Jouer avec le feu』での演技に対して) |
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脚本賞 | Murilo Hauser ,Heitor Lorega (『I'm still here』の脚本に対して) |
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審査員特別賞 | April Dea Kulumbegashvili(ジョージア、仏、伊) | |||
マルチェロ・マストロヤンニ賞 (最優秀新人俳優賞) |
Paul Kircher(『Leurs Enrfants Apres Eux』での演技に対して) | |||
最優秀第一作監督作品賞 | Family Touc Sarah Friedland (United States) | |||
オリゾンティ部門最優秀作品賞 | The New Year That Never Came Bogdan Muresanu (Romania, Serbia) |
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国際批評家連盟賞 | ・コンペティション部門 The Brutalist Brady Corbet ・オリゾンティ・他部門 The New Year That Never Came Bogdan Muresanu |
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GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT (生涯功労賞) |
Peter Wier (オーストラリア) Sigourney Weaver(アメリカ) |
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Cartier Glory to the Filmmaker | Claude Lelouch(フランス) |
**概観**
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スターの来訪が相次いだ (ケイト・ブランシェットら)。 |
昨年のヴェネチア映画祭はアメリカでの脚本家組合と俳優組合のストライキ中の開催となり、ハリウッドスターの来訪が叶わなかった回であったが、今年は一転、いわゆるAランクのスターたちが続々と訪れ、レッドカーペットを華やかに彩った。リド島も高揚感に溢れ、スターたちがゴンドラでリド島入りするのが垣間みられるエクセルシオールホテル前の船着き場周辺にはスター待ちの人々で混みあっていた。作品群も来年のアカデミー賞を視野に入れていると思われる作品も少なくはなく、心躍らされるラインナップであった。オープニング作品はティム・バートンの『ビートルジュース ビートルジュース』。前作『ビートルジュース』の35年後を描き、マイケル・キートン、ウィノナ・ライダーらオリジナル・キャストに加え、新たにジェナ・オルテガ、モニカ・ベルッチ、ウィレム・デフォーら豪華キャストが加わり、オープニングを盛り上げた。コンペティション部門には、往年の巨匠、新進監督、その中間の世代の監督とさまざまな顔ぶれの作品が揃った。今回ももちろん一定以上のレベルの作品が多かったが、いまひとつ物足りなさも否めなかった。コンペティション、アウト・オブ・コンペティション部門の作品の華やかさにどうしても影が薄くなりがちではあるが、骨太のドキュメンタリーやクラッシクス部門、イマーシブ部門にも力が入っており、非常に豊かなプログラムとなっていた。
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メイン会場前。スターをひと目見ようと脚立に乗る人の姿もあった |
今回のコンペティション部門審査委員長はフランスの俳優、イザベル・ユペール。以下、チャン・ツィイー、アグニエシュカ・ホランド、ジュゼッペ・トルナトーレ、ジェームズ・グレイ、アンドリュー・ヘイ、クレベール・メンドンサ・フィリオ、アブデラマン・シサコ、ジュリア・フォン・ヘインズといった9名の審査員団で構成された。例年に比べて審査員に監督が多いため、映画の芸術性を重視した、渋めの選考になるのではとの予想はされていた。そしてやはり結果は予想に違わなかった。『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』をはじめ、大型の注目作がひしめく中にあってスペインのペドロ・アルモドバル監督が尊厳死をテーマに、初めて英語作品に臨んだ『The Room Next Door』が金獅子賞(最高賞)に選ばれた。満場一致とのことである。アルモドバル監督は80年代から現在に至るまで長きにわたりスペイン映画界を牽引し、国際映画祭の常連でもあるが、三大映画祭での最高賞は今回が初であった。金獅子賞に関しては下馬評どおりであったが、それ以外はサプライズに満ちた、審査員団の意志が強く反映されていた結果と言える。次席にあたる審査員グランプリ(銀獅子賞)と審査員特別賞は、ともに新進の女性監督が受賞。監督賞『The Brutalist』も映画祭での評価が作品の今後の展開に助けとなるであろう、重厚な人間ドラマ。俳優賞がニコール・キッドマンとヴァンサン・ランドンであったのは、意外性が少なくある意味驚きかもしれないが。
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今年のメインビジュアル |
2019年に金獅子賞を受賞した『ジョーカー』の続編である『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』、ダニエル・クレイグ主演、ルカ・グァダニーノ監督作『Queer』の二作品はコンペティション部門の中で期待値もとりわけ高かったがいずれも無冠に終わった。とはいえ、大きな話題を提供した。
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『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』のビジュアル。 今回最も注目された作品のひとつであった。 |
コロナ禍を経て、ヴェネチア映画祭も昨年はすべて事前の座席指定のオンライン予約に様変わりしていたが、今年は一部の上映を除いては座席指定ではなくなっていた。このシステムであれば上映開始後に入ってきた人は空いている席に適当に座るので、スマホのライトを照らしながら指定された座席を探す、という光景がなくなり、先に入っている観客、遅れてきた観客それぞれの微妙なストレスが解消された(映画祭側は苦情を受けて改善したそうである)。
今年のヴェネチア映画祭は日本よりは過ごしやすい例年とは異なり、かなり高温多湿で、夜になってもなかなか気温は下がらず、気候変動を身をもって感じた。そんな中でも正装でレッドカーペットに臨む男性監督・キャスト等はきついのでは、、と思わざるを得なかった。
**日本映画**
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『Cloud クラウド』記者会見。黒沢清監督(中)、荒川優美プロデューサー(左) |
今回はコンペティション部門には日本映画が入らなかったが、まずまずの存在感をみせた。アウト・オブ・コンペ部門に選出された黒沢清監督『Cloud クラウド』は‘ミッドナイト上映’枠で、午前0時という深い時間からのスタートだったが、詰めかけた大勢の観客は熱心に見入っていた。サインや写真を求めるファンの多さと熱意にからも黒沢監督の現地での人気がうかがえた。「マエストロ」と呼びかけるファンも多かった。2020年コロナ禍での出品となった『スパイの妻』(脚本賞を受賞)の際には来訪できなかったことを非常に残念がっていた黒沢監督、念願叶っての12年ぶりのヴェネチア再訪に感慨深げであった。映画祭開始早々にアカデミー賞長編外国語賞の日本代表に同作が選出されたとのニュースが入り、この件に関する質問も多く出た。終始淡々とした受け答えの黒沢監督であったが、主演の菅田将暉氏への惜しみない賛辞が印象的で、菅田氏の来訪が叶わなかったのが惜しまれた。
ファンからのサインの求めに応じる黒沢監督 |
また北野武監督のAmazon MGMスタジオ製作の製作の『Broken Rage』も同部門に選出され、ヴェネチアの常連である北野監督の再訪に現地は沸き立った。日本映画の配信動画作品のヴェネチア映画祭選出は初で、同作はPrime Videoにて2025年に世界配信予定とのことである。坂本龍一氏のコンサート映画である『Ryuichi Sakamoto-OPUS』を昨年ヴェネチアにてお披露目した空音央監督は、今回は初の長編作品『Happyend』がオリゾンティ部門に選出され、二年連続のヴェネチア入りとなった。若手中心のスタッフ・キャストとともに上映に臨み、熱いスタンディングオベーションに感激の面持ちであった。クラシックス部門では増村保造監督の『卍』と大島渚監督の『東京戦争戦後秘話 映画で遺書を残して死んだ男の物語』の二作品が4Kデジタルリマスター修復版で上映された。イマーシブ部門にも4作品が選出された。また、並行部門であるVENICE DAYSには五十嵐耕平監督の『SUPER HAPPY FOREVER』がオープニング作品として上映
された。前作の『泳ぎすぎた夜』が第74回(2017年)の映画祭にてオリゾンティ部門に出品されており、五十嵐監督は7年ぶりの再訪となった。
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『Happyend』が出品された空音央監督。二年連続ヴェネチア入り。 |
ヴェネチア映画祭期間中に設けられている『ヴェニス・プロダクション・ブリッジ』は企画・制作段階の映画に対する支援に特化したマーケットとして年々充実の度合いを高めている。今回は‘Focus on Japan’として日本が大々的にフィチャーされた。様々な日本関連のイベントが開催され、JETROの支援のもとイマーシブ・マーケットへの広報出展や業界関係者を招いたパネルセッションなどが実施された。