公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇第82回ヴェネチア国際映画祭 2025/8/27-9/06
  Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica

 

**受賞結果**
金獅子賞
(最優秀作品賞)
Father Mother Sister Brother Jim Jarmusch
銀獅子賞
(審査員大賞)
The Voice of Hind Rajab  Kaouther Ben Hania
銀獅子賞
(最優秀監督賞)
Benny Safdie for ‘The Smashing Machine
最優秀女優賞 Xin Zhalei (in ’The Sun Rises On Us All’ by Cai Shangjun )
最優秀男優賞 Toni Sevillo (in ‘La Grazia’ by Paolo Sorrentino)
最優秀脚本賞 Valerie Donzelli, Gilles Marchand(for ‘At Work’)
審査員特別賞 Below The Clouds Gianfranco Rosi
マルチェロ・マストロヤンニ賞
(最優秀新人俳優賞)
Luna Wedler (in ’Silent Friend’ by Ildiko Enyedi)
最優秀第一作監督作品賞 Short Summer Nastia Korkia
オリゾンティ部門最優秀作品賞 On the Road David Pablos
オリゾンティ部門審査員大賞 LOST LAND /ロストランド 藤元明緒
GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT
(生涯功労賞)
Kim Novac
Werner Herzog
Cartier Glory to the Filmmaker Julien Schnabel

 *日本からの出品作品はこちらから



**概観・受賞結果**

船着き場付近で
スターの到着を待つ人々
 


ヴェネチア映画祭は今年で第82回を数えた。ヴェネチア本島の喧騒から離れ、リド島は変わらず優雅さを湛えている。今回も出演者として、または何らかのイベントのために世界のスターたちが訪れた。カンヌにしても言えることであるが、ヴェネチアは場所としての「演出力」が非常に高い。スターたちがゴンドラでリド島入りする様や、「エクセルシオールホテル」でのお茶をする姿、とにかく絵になる。

きわめて優雅なヴェネチア映画祭であるが、世界的に影響力の大きい国際映画祭の常として、世界の政治情勢に無関係ではいられない。特に今回はパレスチナ問題に関して映画祭ディレクターが意見を表明したり、会場近くで大きなデモが起こり、警官が出動する事態になったり、といろいろな出来事が発生した。コンペティション部門ではパレスチナ自治区ガザへの攻撃で死亡したパレスチナ人少女の実話をもとにした『The Voice of Hind Rajab』が20分超えのスタンディングオベーションを受け、最高賞の大本命と目された。この作品にはブラッド・ピット、ホアキン・フェニックスなどハリウッドセレブもプロデューサーとして名を連ねており、上映の前から注目を集めていた一作であった。また自らの作品の題材とは関係ないながらもパレスチナの問題に言及する監督やスターの姿も見られた。



幻想的にライトアップされた会場前
 



メインコンペティション部門には21作品が選出された。今回のコンペティション部門審査委員長はアレキサンダー・ペイン監督が務め、ステファン・ブリゼ、クリスチャン・ムンジウ、マウラ・デルピロ、モハマド・ラゾロフという監督陣と、俳優フェルナダ・トーレス、チャオ・タオの計7名の国際色豊かな審査員団で構成された。来年のアカデミー賞を視野に入れているあろう作品を中心に、今回も見応えのある作品が並んだ中、ジム・ジャームッシュ監督の『Father Mother Sister Brother』が最高賞の金獅子賞を受賞した。同作品は親子・兄妹の絆を3部構成で描いた軽めのタッチで繊細に仕上げており、概ね好意的な批評を得ていたが、金獅子賞の候補とは目されていなかったと言って良い。一方、大本命視されていた『The Voice of Hind Rajab』は次点の審査員大賞(銀獅子賞)であった。この二作品以外にも批評家や観客に高評価の作品(特にパク・チャヌク監督の『No Other Choice』)が選に漏れたことに関して記者会見で質問が出た際、審査委員長、ペイン監督もたいへん難しい審査だった旨の発言をしていた。いつもながら審査員団の決定はさまざまな要素が絡まっていることは想像に難くない。ジャームッシュ監督が金獅子賞の受賞スピーチの冒頭、「われわれは競うためにここにいるわけではないが」とまず述べてから審査員たちへの謝辞に入ったように、そもそも作品への評価は主観的なものであり、本来は優劣をつけるのものでもない。その時々のちょっとした要因で変わりうるもの、とペイン監督も述べていたが納得である。そして今回の結果は政治的メッセージと作品の芸術性について考える契機にもなったように思える。コンペ以外の部門も含め、上映作品のジャンルは多岐にわたっていたが、総じて社会派と呼べる作品が多い傾向にあった。

メイン会場前の広場。くつろぎの場となっている。
 
    

ヴェネチア映画祭に参加するたびに、世界の大映画祭であることは承知していながらも、「イタリアの」大映画祭という印象を抱く。夜の公式上映やセレモニーにおいては皆が祭りとドレッシーな装いを心から楽しんでいるのがひしひしと伝わってくる。そんなイタリア人及びヴェネチア映画祭にとっても特別な存在であったファッションデザイナー、ジョルジオ・アルマーニ氏が映画祭会期中の9月4日に91歳で亡くなった。最終日の授賞式では、アルマーニ氏を追悼し、長時間にわたるスタンディングオベーションが捧げられた。アルマーニ氏はヴェネチア映画祭をたびたび訪れてもおり、またジョルジオ・アルマーニ・グループの化粧品部門である「アルマーニ・ビューティー」は8年にわたり、同映画祭スポンサーでもある。

クラシック作品が多く上映される
' Sala Corinto'



映画祭パス所有者は前回までは限られたルートのヴァポレット(水上バス。本島や近隣の島と繋がっている)、島内バスのみが無料であったが、今回はヴァポレットも島内バスもすべての路線で無料という制度となっており、驚きつつもたいへんありがたかった。上映会場はそれなりに点在しており、無料でのバス利用(たいへん混雑している時間もあったが)ができるのはかなりありがたかった。ぜひとも来年以降も続いて欲しいものである。





**日本映画**



オリゾンティ部門『LOST LAND/ ロストランド』チーム
 


昨年に続き、残念ながら今回も日本からのコンペ部門への出品作品はなかった。アウト・オブ・コンペ部門に細田守監督のアニメーション作品、『果てしなきスカーレット』が会期後半に上映され、観客の喝采を浴びた。オリゾンティ部門入りした『LOST LAND /ロストランド』は日本やマレーシアとの4か国による共同制作作品で、ロヒンギャの人々の苦難をドキュメンタリータッチで描き、非常に熱い反応を得た。結果、同部門の次席にあたる審査員賞を獲得、また外部団体の賞である最優秀アジア映画賞スペシャルメンション、ビサート・ドーロ賞(金の鰻賞)最優秀監督賞も受賞し、海外展開はもちろん、日本公開に向けての弾みをつけた。クラシックス部門では小林正樹監督の『怪談』と市川崑監督の『鍵』の二作品が4Kデジタルリマスター修復版で上映された。ヴェネチア映画祭においても日本映画のクラシック部門入りはもはや定着しており、熱心なファンが詰めかける。また、クラシック部門のドキュメンタリーとして出品された『The Ozu Diaries』は小津安二郎監督への新たなアプローチからのオマージュ作品として見ごたえがあった。



『LOST LAND/ ロストランド』公式上映時、主演のロヒンギャのふたりのために設けられた席。
パスポートを持てないため、渡航が叶わなかった。


(写真中央)4K修復版『鍵』の紹介をする膳所美紀氏(KADOKAWA)
 

カンヌ映画祭ではこのところ、いわゆる「カンヌの常連」ではない監督の作品がどんどん入選するようになっている。ヴェネチアにおいても同様の流れが始まることを期待したい。





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