公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇カンヌ映画祭 2012/5/15-5/28
  Festival de Cannes

 
 
今年のメインビジュアル、マリリン・モンロー。
 

受賞結果概観日本映画マーケットカンヌの傘売り(?)



**受賞結果**
パルム・ドール  『Amour(Love) 』 Michael HANEKE監督 
グランプリ  『Reality』 Matteo GARRONE監督
審査員賞  『The Angel’s Share』 Ken LOACH監督
最優秀監督賞  Carlos REYDADAS for 『Post Tenebras Lux』
最優秀女優賞   Cristina FLUTUR, Cosmina STRATAN ( of 『Dupa Dealuri (Beyond the Hills)』)
最優秀男優賞   Mads MIKKELSEN ( of 『Jagten(The Hunt)』))
最優秀賞脚本賞   Cristian MUNGIU ( for 『Dupa Dealuri (Beyond the Hills)』)
(『』内は英語題名) *日本からの出品作品はこちらから

 

**概観**

つかの間の晴れ間
賑わう会場周辺
 

 とにかく悪天候、と開口一番に報告したくなるほど今年のカンヌ映画祭は天気に恵まれなかった。長く同映画祭に通い続けている人によると10数年に一度はこのような荒天の回がある、というが、「カンヌ映画祭」と聞いて一般的にイメージするであろう‘紺碧の海と晴れ渡った空’とはかけ離れた日が続いた。しかも肌寒く、厚手の上着を買いに走った人も続出。一番人出が多く、イヴェントも盛りだくさんの最初の週末が特に風雨が激しく、ビーチで行われたパーティはかなり苦しいものがあった。また雨の日のレッドカーペットをスター、監督たちが登壇する際には係員が傘をさしかけながらなんとかフォトコールに応じており、見ていて痛々しかった。

 今年は第65回を数えたカンヌ映画祭。ついこの間60回を祝っていたというのに、気づいたらそれからすでに5年も経っている。60回記念時には世界中の名だたる映画監督たち33組に3分間の短編作品を依頼、『それぞれのシネマ』として一挙上映したことが思い出されるが、今回は『A Special Day(特別な1日)』と題したジル・ジャコブ氏(カンヌ映画祭プレジデント)の監督したドキュメンタリー作品が披露された。同作は5年前の『それぞれのシネマ』が上映された日の舞台裏を描いており、上映時には『それぞれのシネマ』の時と同様に、錚々たる監督たちが舞台に登壇し花を添えた。(また同作は『それぞれのシネマ』を監督し、その後亡くなったラウル・ルイス、テオ・アンゲロプロス両監督へ捧げられた)

 メインのコンペティション部門には最高賞(パルム・ドール)受賞経験者4名を含む、常連監督の作品が大半を占めた。ほぼどの作品も一定の水準を越えてはいたものの、常連監督の作品の中に過去作を超える出来栄えのものはなく、全体的にも物足りなさが残った。審査員団は今年も個性溢れる面々が顔を揃えていたが、個人的には(多くのプレスも同様の意見のようだが)首をかしげたくなる点の多い受賞結果であった。審査委員長・ナンニ=モレッティ監督自身が「満場一致で決定した賞はない」と発言したように、紆余曲折を経ての決定だったようである。そんな中、最高賞に輝いたのはミヒャエル・ハネケ監督の『アムール』。この結果に関しては異論はほとんど聞こえてこなかった。露悪的とも捉えられかねない毒を孕んだ、切れ味鋭い作品を発表し続けてきたハネケ監督が、円熟味と温かみを如何なく発揮し、老妻の介護をテーマに限りなく完成度の高い作品を作り上げたという点で「斬新」ともいえる。久しく映画から遠ざかっていた名優ジャン・ルイ=トランティニャンとエマニュエル=リヴァ(『24時間の情事』)の名演技も光った。驚きの少なかったコンペ作品の中ではレオス・カラックス監督の『ホーリー・モーターズ』が出色であった。13年ぶりの長編作品発表ということで注目されていた同作は、破天荒さの中に溢れ出る映像感覚、詩的世界観が話題を呼び、賞には漏れたものの、賛否両論を巻き起こした(耳にした中では「賛」が圧倒的に多いが)。

パレ入口内側にもマリリン
 

 カンヌ映画祭では「映画界の現在」が出品作品、マーケットなどさまざまなシーンで垣間見られる。今回の公式部門のセレクションからは資本面、クリエイティブ面どちらにおいても‘ボーダレス化’が進行していることを再認識させられた。一昨年の『白いリボン』に続き、今回二度目のパルム・ドールを受賞したミヒャエル・ハネケ監督はオーストリア人であるが、今回の受賞作『アムール)』は主な登場人物にすべてフランス人俳優を配し、フランス語でフランスにて撮影した作品であり、製作資金はフランス、ドイツ、オーストリアの三国が出資している。イランのアッバス・キアロスタミ監督が日本で日本人のスタッフ・キャストと作り上げた『ライク・サムワン・イン・ラブ』は日本、フランスの出資者が製作費をほぼ折半した日仏合作作品。日本は国際共同製作に関して立ち遅れている感が否めなかったが、昨年度より文化庁等が製作費支援を開始、この支援が追い風になっている様子である(『ライク・サムワン・イン・ラブ』は文化庁の昨年度の支援対象作品5作品のうちのひとつ)。他のコンペティション部門の出品作品も米国作品以外はほとんどが国際共同製作である。製作費に関しては自国のみで賄うことが多いアメリカであるが、実際の制作にはさまざまな国の人々が携わっている。今回のコンペティション部門のアメリカ映画においては『コズモポリス』:カナダ人クローネンバーグ監督、米国人作家ジャック・ケルアックのビートクス文学作品『オン・ザ・ロード』:ブラジル人ウォルター・サレス監督、ブラッド・ピット主演『キリング・ゼム・ソフトリー』:ニュージーランド人アンドリュー・ドミニク監督、禁酒法時代のアメリカ南部が舞台の『無法者』:オーストラリア人ジョン・ヒルコート監督、といった具合にごく自然に他国人監督が指揮を執っている。

 また各国の俳優が他国の作品に出演するのはもはやごくありふれたこととなっている。こちらに関してもやや出遅れていた感の否めない日本であったが、最近は日本人俳優も積極的になってきており、頼もしい限りである。

パレ内に飾られた
"バースデー写真の一枚"
 

 今年のメインビジュアルは没後60年になるアメリカ人女優、マリリン・モンロー。バースデー・ケーキのろうそくを吹き消そうとしているショットで30歳のバースデーの時の写真とのことである。ポスターその他に多用されており、ここ数年の’女優シリーズ’ビジュアルの中でも特に評判が高かった。パレの内部、記者会見場のある3階から4階への吹き抜けの壁は、モンローと同じようにケーキを食べようとしている映画人たちの巨大な写真で埋め尽くされ、壮観であった。(マレーネ・ディートリヒとエルンスト・ルビッチ、リタ・ヘイワースとオーソン・ウェルズ、ジュディ・ガーランドとクラーク・ゲーブル…)もっともモンロー自身はカンヌ映画祭へ出席したことはなかったとのことである。’男優シリーズ’もぜひ始めて欲しいものだが、やはり華やかさではいまひとつなのだろうか。

 
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**日本映画**

 今回のカンヌ映画祭においては残念ながら日本映画の存在感は希薄であった、と言わざるを得ない。コンペティション部門のアッバス・キアロスタミ監督『ライク・サムワン・イン・ラブ』は日仏合作であるが、監督の存在感があまりに強く、一般的な印象としては日本映画とは捉えられにくいようである。アウト・オブ・コンペティションのミッドナイト上映が一本、ある視点部門、シネフォンダシオン部門、カンヌクラシックス部門にそれぞれ一本ずつ。併行部門である監督週間、批評家週間にも入らなかった。コンペティション部門のミッドナイト部門で上映(0時30分開始)された『愛と誠』は1970年代に発表された漫画が原作で、これまでに何度も映画化、テレビドラマ化されているが、今回は三池監督ならではの大胆な解釈の下、ミュージカルとしてコミカルでキッチュ、かつきちんと押さえるべきところは押さえている斬新な作品として、観客にも大いに受けていた。スケジュールの調整がつかず監督も出演者もカンヌへの来訪は叶わなかったのが残念でならなかった。

 ある視点部門には若松孝二監督の『11.25自決の日』が出品された。作家・三島由紀夫が‘楯の会’を結成し、自衛隊市ヶ谷駐屯地において割腹自殺をするに至る一連の「三島事件」に材を取った作品。若松監督は1971年に監督週間部門に『性賊セックス・ジャック』及び『天使の恍惚』が上映されており、今回は41年ぶりのカンヌ、そして今回は初の公式部門への出品であった。非常に正直な反応をする海外映画祭での観客を前に上映前はやや緊張気味の若松監督であったが、終映後の盛大な拍手を得て満足げな様子であった。

 カンヌ・クラシックス部門では今年生誕100周年を迎える木下恵介監督の『楢山節考』(1958年)がデジタルリマスター版として世界初上映された。松竹株式会社によればカンヌ映画祭でのこの上映を皮切りに、各地で木下監督特集を展開してゆく意向とのことである。

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**マーケット**

 世界一の規模を誇るカンヌマーケットは今年も盛況であった。公式発表によると、マーケット参加者の総数は11.500人で前年比9%増。なかでも際立っていたのがラテンアメリカ諸国の21%、アジアの15%増。アジアの中では特にインドと、台湾をはじめとする中国語圏の増加が著しかった。

 昨年から再び活発化した日本の会社による外国映画の買い付けに今年は一層拍車がかかっていた。今回のコンペ部門に出品された作品のほとんどが日本での配給が決まっているとのことである。外国映画ファンには朗報には違いないが、それにともない買い付け額の高騰が著しいとも聞く。このところやや復調傾向にあるアート系作品、往時の勢いを取り戻して欲しいものである。

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**カンヌの傘売り(?)**

パレ4階から眼下に広がる
カンヌビーチ
 

 カンヌに限らずヨーロッパの町ではよくみる光景であるが、雨が降り出した途端にどこからともなく傘を両手にすばやく現れる「傘売り」の人々。雨が降り出すまではどこに潜んでいたのだろう、と思わせられるタイミングで現れる。見たところその多くがアフリカ系の人々と思われる。「10ユーロでどうだ」などと話しかけてくるが、あくまでも交渉次第のようである。が、それも面倒なので言い値で買ってしまう外国人も少なくないらしい。‘2ユーロショップ(すべての商品が2ユーロ)’などで買った傘を上乗せした価格で売っているらしい、との噂もあったが真偽のほどは(もちろん)定かではない。荒天から一転、一気に夏空が広がった日には帽子とサングラスを手に、商売を展開しており、変わり身の早さに目を見張った・・。


受賞結果概観日本映画マーケットカンヌの傘売り(?)




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