公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ヴェネチア国際映画祭 2012/8/29-9/8
  Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica

 
 
レッドカーペットが敷きつめられたメイン会場、サラ・グランデ正面
 

**受賞結果**   **概観**   **日本映画**
  
**市民と映画祭**   **ハプニング**  


**受賞結果**
金獅子賞
(最優秀作品賞)
 『PIETA』 Kim Ki-duk監督 (South Korea) 
銀獅子賞
(最優秀監督賞)
 『THE MASTER』
 Paul Thomas Anderson監督 (USA)
審査員特別賞  『Paradies: Glaube(英題Paradise:Love)』
 Ulrich Seidl監督(Austria, Germany, France)
最優秀男優賞  Philip Seymour Hoffman /Joaquin Phoenix
 THE MASTER by Paul Thomas Andersonでの演技に対し)
最優秀女優賞  Hadas Yaron
 (LEMALE ET HA’CHALAL by Rama Bursthein での演技に対し)
MARCELLO MASTROIANNI賞
(最優秀新人俳優賞)
 Fabrizio Falco
 (BELLA ADDORMENTATA by Marco Bellocchioでの演技に対し)
 最優秀脚本賞  Olivier Assayas (APRES MAIに対し)
 LION OF THE FUTURE
 “LUIGI DE LAURENTIIS” VENICE AWARD
 (最優秀第一作監督作品賞)
 『KUF(英題MOLD)』 Ali Aydin監督(Turkey, Germany)
 オリゾンティ部門
最優秀作品賞
 『SAN ZI MEI (英題Three Sisters)』
 Wang Bing監督(France, Hong Kong)
 GOLDEN LION FOR LIFETIME ACHIEVEMENT
 (生涯功労賞)
 Francisco Rosi
 JAEGER-LECOULTRE GLORY
 TO THE FILMMAKER
 (監督ばんざい!賞)
 Spike Lee
(『』内は英語題名) *日本からの出品作品はこちらから

 

**概観**

サラ・グランデ前で
ゲストを待つ人々
 

 ヴェネチア映画祭への参加は8年ぶりだった。映画祭会場周りはほぼ全面的に無料のWi-fiが完備していたり、遅い時間まで開いていて、座って軽い食事ができるフードコートふうの空間’Movie Village’が敷地内にあったりと、いろいろな点で便利になっていたが、ヴェネチア独特の優雅さ、のどかさはかつてのままであった。映画祭の開催されるのは観光客でごった返す本島ではなく、本島から水上バス(ヴァポレット)で20分ほどの高級リゾート地、リド島。長い歴史に培われ、映画祭がこの優雅な島にしっかりと根付いているのが感じられる。

 今回はアルベルト・バルベラ氏が映画祭ディレクターに復帰(1999−2001年にも務めた)して初めての回ということで、注目度が高かった。そして期待に違わず、さまざまな変化がみられた。

 近年のヴェネチア映画祭では映画祭のキャパシティを大きく上回る本数が上映されていたとし、上映本数の削減を公言していたバルベラ氏。精選された作品がそれぞれきちんと注目されてしかるべき、また作品総数が減れば一本ごとの上映回数も増やせるとの強い思いがあったという。その方針にしたがって、まずメイン・コンペティション部門<Venezia 69>は昨年の25本から18本にスリム化が図られた。18本のうち欧米から13本、南米・アフリカ・オセアニア地域は0本で、昨年まで中国通のマルコ・ミュラー前ディレクターのもと、毎年選ばれていた中国からも皆無であった。選出された18作品はすでに十分な実績のある実力派監督が顔を揃えていた印象である。コンペ作品すべてが一定以上の質をキープしており、あまりにもがっかりする作品がなかったのが、すごいと言えばすごい、との声が記者の方々から漏れ聞こえてきた(厳選されるはずの大映画祭のコンペ部門でもなぜこれが!?と思わざるをえない作品が紛れ込んでいるのはよくあることである)。そんな中、『インサイダー』『コラテラル』など、社会派ハリウッド映画ともいうべき作品を作り出しているマイケル・マン監督を審査員長とする8名の審査員たちの出した審査結果は、概ね良い意味で予想通りであった。バランスの取れていた贈賞といえるだろう。最高賞の金獅子賞は前評判の高かった韓国のキム・ギドク監督の『ピエタ』に授与された。韓国映画がいわゆる世界三大映画祭で最高賞を受賞したのは意外にも今回が初とのことである。キム監督は受賞に際し、受賞スピーチに代わって壇上で「アリラン」を独唱し、喝采を浴びた。『ピエタ』と並んで大本命視されていたのはポール・トーマス・アンダーソン監督による『ザ・マスター』。同作においては70ミリで撮られた圧巻の映像が話題になっていた。結果、銀獅子賞(最優秀監督賞)がアンダーソン監督に、主演のふたり(ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン)に男優賞が贈られた。受賞の知らせを受け、すでに帰国していた一行の中から代表してフィリップ・シーモア・ホフマン氏が急遽ヴェネチアに戻ることになり、閉会式の途中に入場。ぎりぎり間に合う形で3人分の賞を受け取った。

 バルベラ氏は若手の登竜門的色合いの濃いトリノ映画祭のディレクターを長年務めた経験を持つだけあって、映画祭の主な役目として「映画作家の才能を世に出すためにサポートする場」と捉えているといい、その目的に沿って、エクセルシオールホテルを会場とするヴェニス・フィルム・マーケット設立に乗り出し、若手映画作家の製作支援制度Biennale Collegeを開始した。今後の展開を注視してゆきたい。

 超注目作の上映や今年から始まったフィルムマーケットなどは映画祭の会期前半に集中していた。これは数日後に始まるトロント映画祭との兼ね合いで「そうせざるをえない」面もあるそうだ。この二大映画祭は時期がほぼ同じで、出品作品もかなり重複しており、ゲストや素材のやりくりが毎回難しいそうである。そしてマーケット参加者の多くはトロント映画祭へ向かう。ゆえに前半部分を見逃すと、やや人出が少ないような印象を受ける。が、どうも印象だけではなかったようで、毎年参加している人々によると今年は(おそらくバルベラ氏の意向により)ハリウッド作品が少なかったこともあり、例年より華やかさという点では物足りなさが残ったようだ。

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**日本映画**

観客の拍手を受ける
北野武監督
 

 コンペティション部門<Venezia 69>に北野武監督『アウトレイジ ビヨンド』が出品された。『HANA-BI』『DOLLS』『座頭市』等、ヴェネチア映画祭への出品歴の数多い北野監督、今回は4年ぶり8度目の出品となった。前作『アウトレイジ』がカンヌ映画祭出品、続編でのヴェネチア映画祭入りというのは少々不思議な感じがするが、作品が評価されたのはもちろんのこと、ヨーロッパでの高い人気と尊敬を得ている北野監督ならではの快挙であろう。北野監督のイタリアにおけるファンクラブは健在、今回もお揃いの特製Tシャツを着て鑑賞していた。監督本人が‘とにかくエンターテインメントに徹したので、楽しんでもらえてよかった’とコメントしているように、惜しくも賞には至らなかったものの、1000人収容の公式会場、サラ・グランデを埋め尽くしたヴェネチアの観客たちに大きな拍手で迎えられていた。アウト・オブ・コンペ部門に登場した『贖罪』の黒沢清監督は北野監督とは対照的に、カンヌ映画祭の常連との印象が強い監督であるが、ヴェネチアにも過去2度の作品出品歴があり(『大いなる幻影』と『叫』)、今回は3度目。『贖罪』はWOWOWが製作を手掛け、5話に分けて放映したテレビシリーズで計300分の作品であったが、今回の映画祭出品に当たっては270分に編集し直したヴァージョンで上映された。『トウキョウソナタ』(2008)以来、国際映画祭の場で待ち望まれていた黒沢監督の最新作は長尺ながら、上映後の観客・評論家らの評価が極めて高く、各紙に非常に好意的な批評が並んだ。

レッドカーペットに立つ
『千年の愉楽』チーム
 

 さらにオリゾンティ部門には若松孝二監督の『千年の愉楽』が出品された。中上健次の同名小説の映画化で、若松監督は生前親交のあった中上氏の作品を映画化したいとかねてより願っていたという。今年5月のカンヌ映画祭に続いて、別の作品で同年にヴェネチアでも正式上映という快挙を成し遂げた若松監督は、出演した若手俳優らとともにヴェネチア入り。非常に正直な反応をする海外映画祭での観客を前に上映前はやや緊張気味の監督であったが、終映後には多くの観客にサインや写真を求められ、満足げな様子であった。

 新ディレクター、バルベラ氏は出身地トリノの国立映画博物館の館長も務めており、映画の修復やクラシック作品への造詣も深い。そんなバルベラ氏の主導のもと、デジタル修復された古典作品を集めたヴェネチア・クラシックス部門が新設された。初回の今回は18本の劇映画と10本のドキュメンタリーで構成され、オープニング作品マイケル・チミノの『天国の門』をはじめ、ビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』、イングマール・ベルイマン『ファニーとアレクサンドル』、ロベルト・ロッセリーニ『ストロンボリ』など錚々たる名作がひしめく中、日本からは邦画初のカラー作品、木下恵介監督の『カルメン故郷に帰る』が上映された。5月のカンヌ国際映画祭のカンヌ・クラシックス部門での『楢山節考』のデジタル・リマスター版上映に続く ‘木下監督生誕100年行事’の第二弾といえる。上映前のイントロダクションは今回のオリゾンティ部門の審査員であり、日本との合作を完成させるなど、日本映画と縁の深いアミール・ナデル監督が務めた。

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**市民と映画祭**

自転車が参加者たちの
‘足’となっていた。
 

 基本的にアクレディテーションを持つ映画業界関係者、もしくは特別なルートで‘招待’された人のみ映画を鑑賞できるシステムのカンヌ映画祭に対し(ゆえにチケットの販売は一切ない)、ヴェネチア映画祭は観客にも広く門戸を開いている。チケットの値段が細分化されていて面白い。メイン会場、サラ・グランデは時間によって見事に値段が変わる。いわゆるスターが登場したり、もっとも華やかな雰囲気に包まれる夜19時の回には値段も45ユーロまで跳ね上がる。続いて22時15分の回が30ユーロ。夜が近づく16時45分が17ユーロ・・・。他の2会場は12ユーロで均一である。45ユーロはかなり高値だと思ってしまうが、気合いを入れてドレスアップし、非日常感たっぷりの「宴」を楽しんでいる大人たちを見ていると、まあそれもありなのかなという気になる。それぞれの目的と懐事情に沿った料金設定、ということなのだろう。

 映画祭参加者の多くは自転車をレンタルし、いつでもどこでも自由に移動できる交通手段として活用していたが、無料のシャトルバスも朝から深夜まで15−20分間隔くらいで運行されていた。このシャトルバス、8年前は存在せず、きちんと料金を払って市営バスに乗っていた記憶がある。そしてこのバスには映画祭とは関係ないであろうリド島の人々もちょっとした足として普通に乗っており、夜以外はたいていけっこうな混み具合で、立っているのがやっとな時もあった。とはいえ、たいへん重宝させてもらった。続行してもらいたいものである。

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**ハプニング**

 久しぶりにヴェネチア映画祭のクロージング(閉会式)に参加し、式がイタリア語のみで進行してゆくことに驚きを禁じえなかった。まったく英語の解説が入らない・・(中継されているプレス会場では当然英語通訳がついているのだろうが)。ゆえに次々と発表されてゆく賞が何の賞なのかわからない。隣りにイタリア語を解する人がいなかったら途方に暮れていたことだろう。会場の大半がイタリア人とはいえ、世界に冠たるヴェネチア映画祭においてこれはちょっとないんじゃないか、と思ってしまった。そして事件(!)は起こった。受賞発表が進む中、審査員長、マイケル・マン監督が、銀獅子賞(「最優秀監督賞」)の像を代理で受け取るべく登壇したフィリップ・シーモア・ホフマン氏に、誤って「審査員特別賞」の盾を渡してしまったのである。ホフマン氏はもちろん何の疑問も持たずに受け取り、写真撮影も済ませ自席に戻ったのだがほどなくして呼び戻され、「審査員特別賞」受賞者、ウルリッヒ・ザイード監督と交換するはめに。この一連の混乱もやはり隣人のイタリア語解説がなければまったく蚊帳の外になるところだった。プレゼンターの女性がイタリア語で発する「次は○○賞の発表です」だけにでも英語訳がつけば、マン監督も混乱することはなかったのではないだろうか。スピーチや講評の部分はともかく、この「○○賞です」のひと言だけでも英語でもアナウンスして欲しい、と思ってしまうのは望み過ぎではない、と思うのだが・・・。

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