公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ワルシャワ映画祭 2014/10/10-10/19
  Warsaw Film Festival

 

**受賞結果**
グランプリ
The Coffin in the mountain
by Xin Yukun(中国)
最優秀監督賞
Ognjen Svili
for These Are The Rules
(クロアチア,フランス,セルビア,マケドニア)
審査員特別賞
‘Carmina and Amen’
の出演者たち Paco Leon(スペイン)
新人部門最優秀賞 How to stop a wedding
by Drazen Kuljamin(スウェーデン)
The Lesson
by Kristina Grozeva&Petar Valchanov (ブルガリア、ギリシャ)
Free Spirit Cometition部門最優秀賞 The Owners
by Adilkhan Yerzhanov (カザフスタン)
最優秀ドキュメンタリー賞 Toto and his sisters
by Alexander Nanau (ルーマニア) 
NETPAC賞 13
by Hooman Seyedi (イラク)
国際批評家連盟賞 What a wonderful World
by Anatol Durbala (モルドヴァ)
短編部門最優秀賞 Cupcake
by Jane Magnusson(スウェーデン)
観客賞
ドラマ部門
Jemaine Clement,Taika Waititi (ニュージーランド)
観客賞
ドキュメンタリー部門
Crossroad
Anastasiya Miroshnichenko(スウェーデン、ベラルーシ)
観客賞
短編部門
Johanna   
Aneta Kopacz(フランス)

(『』内は英語題名) *日本からの出品作品はこちらから

 

**概観**

 
 
趣きのある
kinoteka内部
 
メイン会場
kinoteka
 

 1985年、共産主義体制下にスタートしたワルシャワ映画祭(開始〜1990年までの名称は「ワルシャワ・フィルムウィーク」)は、当時のポーランドにおいて、西側資本主義国の作品が鑑賞できる稀少な機会として非常に貴重な場であった。同映画祭は89年の体制変化直後の激動の時代も間断なく続き、今年で30回目を数えた。今回の出品作品は世界59か国から、183本(長編フィクション88、長編ドキュメンタリー23、短編72)。国際コンペティション部門をはじめ、ドキュメンタリーコンペ、短編コンペ、外部団体の賞など多くの賞が存在する。同映画祭への応募は「ポーランドプレミア」が条件という比較的緩やかなものであるため、すでに他所で上映された秀作も数多く出品される。10月半ばの映画祭という時期を考えても、妥当かつ現実的な判断であろう。
 映画祭の上映館はワルシャワ市のまさに中心に位置する、市のランドマーク的存在である文化科学宮殿(PaBac Kultury i Nauki)内の映画館Kinotekaと、そこから徒歩2分ほどのところにある大ショッピングモール内のシネマコンプレックス、Multikaの二か所。文化科学宮殿は1950年代にスターリンによってワルシャワに「贈与」された超高層建築物で、建物そのものは言うまでもなく、創立当初からそれほど変わっていないであろうと思われるKinoteka内部も(暗めの照明、豪奢で独特なサイズのソファ等々)歴史を感じさせる。一方のMultikaは世界中どこででも見受けられる特色に乏しいが、最新式設備が完備した、鑑賞環境抜群のシネコン。好対照な二会場である。
 ワルシャワ映画祭のプログラムにポーランド映画をまとめて観られる部門がないのが残念、との声が外国人参加者から上がっていた(最新ポーランド映画を観るのはマーケットで、との棲み分けがある程度できていることを後に知った)。ではクラシックはというと<Classics from Poland>という部門があるにはあったのだが、4本のみ。また、映画人が観客を前にしてレクチャーをするいわゆる「マスタークラス」といった映画イベントも見られず、映画祭の構成はシンプルに「上映」に終始している。もちろん「上映」が映画祭の第一義であり、そこに注力するのは素晴らしいが、特に30回という記念すべき今回は少しだけ付加価値があればさらに良いのに、との思いも湧いた。


上映後、観客の質問に
答える大森立嗣監督
 

 外国人ゲストに対してのきめ細かなホスピタリティは特筆すべきものがある。英語ガイド付き市内観光ツアーが組まれ、毎晩何らかのイベントが予定され、参加者同士の交流の場をつくっている。良い意味でリラックスした雰囲気に溢れている映画祭である。ほとんどの上映において途中退席者も少なく、真剣に作品に向き合う姿勢が感じ取られた。監督や関係者を招いての上映後の質疑応答もきちんと設けられている。が、この際に少々不可解な現象(?)が見られた。それまで食い入るように画面を見つめていた観客も、エンドロールが始まると続々足早に帰りはじめ、照明がつく頃にまだ残っている観客はごくわずか。かといって質問がないわけではなく、質疑応答会場を出た監督たちをつかまえ、延々話す人も少なくない。この傾向は今回、たまたま居合わせた上映に限ったことではないらしい。大勢の前で挙手をして質問や感想を述べる、というのが苦手なのだろうか・・。

 
 ポーランドは親日な国だけあって、総じて人々の日本文化、日本映画への関心はとても高いという。ワルシャワにはアジア映画専門の映画祭が存在し、そこでも一番人気は日本映画とのことである。ここ数年はワルシャワ映画祭へは毎年、日本人ゲストが訪れ(今回は3名の監督が来訪)、人々の熱い反応や歓待ぶりに接し、再訪を望む監督たちが後を絶たない。今回も含め惜しくも受賞には至っていないが、前述のとおり比較的規約の緩い映画祭でもあることから、今後より多くの応募があることを望みたい。




**ウクライナ問題**

不当逮捕された
Oleg Sentsov監督(ウクライナ)
の釈放を訴えるプロデューサー
と映画祭ディレクター
 

 ロシアによるクリミアへの侵攻は、ポーランド国民の多くには他人事ではない、というたいへん強い危機感を持って捉えられているそうである。ワルシャワ映画祭主催者側もロシアの介入に反対するウクライナ映画人への積極的サポートを打ち出している。今回の映画祭には審査員としてウクライナ人を2名招聘。閉会式の中で映画祭ディレクターが、クリミア在住のウクライナ人監督Oleg Sentsov氏が「テロリスト」との嫌疑をかけられロシアの保安局によって逮捕され、依然拘留中である件に言及し、ロシア当局に同監督の即時釈放を求める旨を審査員団の総意として大々的に宣言した。その宣言に続き、Sentsov監督のデビュー作のプロデューサーであるOlega Zhurzhenzo氏が登壇し、ワルシャワ映画祭と審査員たちの応援に謝辞を述べつつ、拘留中の同監督の近況、ウクライナの状況を涙ながらに語る場面があり、その部分が閉会式のハイライトと言っても過言ではなかった。個人的にはこの非常に政治的なシーンに驚きを禁じ得なかったというのが率直な感想であるが、考えてみればカンヌやベルリンでもイラン等で不当逮捕された監督たちに対しての抗議声明を出している。ただ、当事国との関わりが地理的その他多くの面で緊密な場所での行動なだけに緊迫感がまるで違った。日本においては文化的な場で、政治的発言・行動を控える傾向があるが、表現の弾圧を近過去に体験した国々ではスタンスが違うのは当然である。25年前までの共産主義時代をリアルに体験した最も下の世代はまだ40代。その頃を昨日のことのように語る彼らが、ウクライナで起こっているロシアの動きに敏感になるのは想像に難くない。後述のフィルムマーケットにおいてのウクライナへのサポートをみるにつけ、その抵抗感、危機感の強さがさらにうかがえた。

 
 

**フィルムマーケット**

 [CentEast Market]と銘打ったフィルムマーケットが、映画祭期間中の3日間開催されていた。このマーケットは2005年にワルシャワ映画財団によって設立され、今年で10回目を迎えた。東欧の映画に興味を持つ多くの映画人(プロデューサー、映画祭プログラマー、セールスエージェント、配給会社の人々等)が参加し、今では東欧映画関係の重要な商談・ネットワーキングの場として認識されるに至っているとのことである。いくつかのプログラムがある中で最も注目が集まるのは企画マーケット[CentEast Warsaw-Moscow-Beijing]。その名称どおりに、ワルシャワ、モスクワ、北京三都市を同じ企画が巡回し、出資者や協力者を募る。今年2014年のカンヌ批評家週間にて大反響を呼び、同部門にて三冠に輝いたTHE TRIBE(ウクライナのMyroslav Slaboshpytskiy監督作)も以前、この企画マーケットに参加した。今回選出されたのは10本の長編と17本の短編。モスクワでのマーケットはワルシャワ映画祭の直後に、北京は2015年4月の北京映画祭期間中に行われるという。この手の「巡回型」企画マーケットが最近は世界各地で行われるようになっている。また2000年より行われている最新のポーランド映画を視聴できる[Warsaw Screenings]も今ではこのマーケットの枠内に入っている。そして毎年、ひとつの国にフォーカスする[Special Guest]は、今回はウクライナ。20人ほどのウクライナ映画人を招聘し、同国の最新映画の紹介等を通じてウクライナ映画界へのサポートを惜しまないワルシャワ映画祭の姿勢がここでも浮き彫りになっていた。





●文化科学宮殿●

巨大文化施設
「文化科学宮殿」。
物議を醸し出す存在である
 

 映画祭メイン会場Kinotekaを擁する文化科学宮殿は、ワルシャワ中心部にあって、威圧的とも言えるほどの存在感を示している。1955年に完成、高さ237メートル、42階建、尖塔の高さ49メートル、総室数は3288室。建築様式は、同時期にソ連国内に多数建設されたスターリン様式の摩天楼と基本的には同様のデザインで、いかにも往時のソ連風である。映画館、劇場、博物館、書店、会議場及び展示場を内包する巨大文化施設であり、89年の東欧革命による社会主義体制崩壊後は、企業のオフィスが多数入居している。またFMラジオ及びテレビ放送の電波塔としての機能も果たしている。社会主義体制下、西側文化が遮断された状況にあって、西側のアーティストが複数招聘され、公演を行った特別な場所でもあるそうだ。(1967年のローリング・ストーンズ、1976年のABBA等)そして同宮殿の30階のテラス(高さ114メートル)は、ワルシャワ市街が一望できる観光名所としても有名。映画祭期間中、一度交流会が開かれたが、確かにテラスからの眺望は壮観だった。
 この建物は建設当初から論争の的であり続けているという。否定的意見の多数を占めるのは、「ソビエト支配の象徴」とする見方。スターリンによってソビエト連邦からのポーランド人民への贈与という形式で建設された成り立ちを考えるに無理はない。また政治的見解に関係なく、同宮殿がワルシャワの景観を損ねているという批判もある。この建物の歴史と、ワルシャワひいてはポーランド国民の複雑な感情を垣間みるにつけ、この論議がそう簡単に終結することはなさそうである。






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