公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇ベルリン国際映画祭 2015/2/5-15
  Internationale Filmfestspiele Berlin

 

**受賞結果**
金熊賞 『Taxi』 Jafar Panahi 監督 
銀熊賞 審査員賞 『The Club』 Pablo Larrin 監督
最優秀監督賞 Radu Jude監督:『Aferim!』
Malgorzata Szumowska監督:『Body』
最優秀女優賞 Charlotte Rampling:『45 years』
最優秀男優賞 Tom Courtenay:『45 years』(Andrew Haigh監督)
最優秀脚本賞 Patricio Guzman:『The Pearl Button 』
芸術貢献賞 Sturla Brandth Grovlen:
『Victoria』(Sebastian Schipper監督)
Evgeniy Privin:
『Under Electric Clouds』(Alexey German Jr.監督)
アルフレート・バウアー賞 『Ixcanul Volcano』Jayro Bustamante 監督
最優秀新人作品賞 『600Miles』   Gabriel Ripstein 監督
*パノラマ部門出品作
国際批評家
連盟賞
コンペ部門 『Taxi』 Jafar Panahi 監督 
パノラマ部門 『A Minor Leap Down』 Hamed Rajabi 監督
フォーラム部門 『Hand Gestures』 Francesco Clerici監督
Berlinale Camera
(貢献賞)
Karl Baumgartner(プロデューサー・Germany)
Marcel Ophuls (映画監督・France)
Naum Kleiman(映画評論家・Russia)
Alice Waters(USA)&Carlo Petrini(Italy ともにスローフード研究家)
Honorary Golden Bear
(名誉賞)
Wim Wenders

(『』内は英語題名) *日本からの出品作品はこちらから

 

**概観**

第65回ベルリナーレ広告塔

 
映画祭メイン会場近くの
チケット売り場
 

 コンペティション部門の19作品は問題意識の高い作品が大勢を占めていた。その中で最高賞<金熊賞>に輝いたのはイランで拘束されているジャファル・パナヒ監督作『Taxi』であった。監督自らがタクシーの運転手に扮し、乗客とユーモラスな掛け合いを展開、その中からイラン社会の問題を浮かび上がらせており、下馬評通りの受賞といって良い。テレンス・マリック、ヴェルナー・ヘルツォーク、ピーター・グリーナウェイなど名だたる監督たちの新作が並ぶ中、賞に絡んだのは中南米、東欧の骨太な作品たちであった。圧倒的な一本こそなかったが、現代社会の諸問題を映し出す佳作がひしめいていた高水準の回といえるだろう。審査員団も華やか。米国のダレン・アロノフスキー監督(『レスター』『ブラックスワン』)を団長に、ポン・ジュノ監督(『殺人の記憶』『スノー・ピアサー』/ 韓国)、俳優のオドレイ・トトゥ氏(フランス)、ダニエル・ブリュール氏(ドイツ)など、個性的な顔ぶれが揃っていた。

 ベルリン映画祭はとにかく大都市型映画祭の代表である。常に「市民とともに映画祭を作る」ことを意識しているようにみえる。映画祭側がTwitterでの積極的な参加を呼び掛けていたり、市内のあちこち(電車等)で広告を発信するなど、今年はITをより活用していたような印象を受けた。チケットももちろんオンラインでの販売をしているが、当日券を求めて長時間列を作っている人々の姿は健在である。必ずしも映画ファンではなくとも、「ベルリナーレというイベントに参加する」ことを楽しんでいる市民も少なからずいるという。

 いわゆる三大映画祭の一角を占める「国際映画祭」である一方で、「ドイツの映画祭」であることを忘れてはいないベルリン映画祭。ドイツ映画をまとめて紹介するセクション「Perspektive Deutsches Kino」はいつもながら多様性に富んでおり、またマーケット部門の「Lola@berlinale」セクションも充実している。「Lola@berlinale」はドイツ映画賞(ドイツフィルムアカデミーが主催)に関わった秀作を国外のバイヤーや映画祭プログラマーたちに紹介することを主な目的としており、映画祭のアクレディテーションを持つ人のみが鑑賞できる。そして今回は‘名誉金熊賞’の受賞者が現代のドイツ映画を代表するヴィム・ヴェンダース監督ということで、別刷りの小冊子を作ったり、いつも以上に熱が入っているように思われた。ニュー・ジャーマンシネマを牽引した故・ファスビンダー監督に題を取ったドキュメンタリー映画はパノラマ部門で最も話題となった作品のひとつであった。

 

アウディ社提供のオフィシャルカー。
今年は色とりどり
 

 メインのスポンサーのひとつであるアウディ社の貢献がこのところかなり目立つ。コンペ作品の公式上映会場であるベルリナーレ・パラストのまさに隣に‘Audi Berlinale Lounge’ が設置され、観客向けのイベントが繰り広げられていた。公式出品された短編作品を対象に「アウディ賞」を新設。また毎年楽しみな映画祭公式バッグは昨年からアウディ社によるものだという。そして映画祭期間中、同社より提供された300台ほどのオフィシャルカーは従来の黒ばかりではなく、赤や黄色といった鮮やかな色のものも多々あり、目を愉しませてくれた。




**政治とベルリナーレ**

 ベルリン映画祭は代々、政治的姿勢を表明することを躊躇しない。今回もそのポリシーは健在だった。まずイランにて拘束中で、映画制作も禁じられているパナヒ監督(拘束事件発生時から常に支持している)に金熊賞を授与(もちろんこの賞は国際審査員によって決定されたものであるが)。また国際的にも著名なロシアの批評家・映画史家、Naum Kleiman氏が栄誉賞「ベルリナーレ・カメラ」の受賞者のひとりとして選出された。Kleiman氏は長年、モスクワの映画博物館の館長としてロシア映画の保存・復元に尽力してきたが、2014年事実上の解任。ロシアの現政権の圧力と目されており、Kleiman氏と部下の復帰を求めて、メドベージェフ首相宛ての書簡が世界中の関係者たちから送られる運動が起こったのは記憶に新しい。そして目下、政治的理由からディレクターの解任騒動が勃発している釜山映画祭に対して、同映画祭への支持を公式に表明もした。ベルリン映画祭にはメルケル首相をはじめ、政治家もたびたび訪れているが、映画祭の独自性はしっかり守られているであろう様子が垣間みられ、心強い。

**マーケット**

Zoo Palast.
昨年より映画祭会場として復活。
改装後、快適度が
格段にアップした
 

 多くの部門やイベントを擁し、今となっては一大巨大組織となっているベルリン映画祭。世代交代をスムーズに行いながら成長を続けている。今回はベルリナーレ・タレンツ(タレントキャンパスから改称)、EFM(ヨーロピアン・フィルム・マーケット)のトップが替わった。どちらもすでにベルリン映画祭の別の部門でトップを務めており、「配置転換」ともいえる。EFMを長きにわたってディレクターとして牽引してきたBeki Probst氏はプレジデントとして同マーケットを監督する職に移った。EFMは新ディレクター、Mattijas Wouter Knol氏のもと、当初の予想以上に活況を呈したとのことである。そして今回のマーケットにおいての注目すべき試みは<Drama Series Days>と銘打って、テレビドラマを取扱い始めたことであろう。近年の(主として)欧米におけるテレビシリーズの充実ぶりは目を瞠るものがあり、各地の映画祭での上映も増加、重要な分野となっている。日本作品も例外ではない。2012年のヴェネチア映画祭に黒沢清監督作『贖罪』(WOWOW)が出品され、また2013年ロッテルダム映画祭にて是枝裕和監督の『ゴーイングマイホーム』(関西テレビ・フジテレビ)が一挙上映されたのは記憶に新しい。今回の<Drama Series Days>はパネルディスカッション、精選された11のTVシリーズの上映、進行中の6つの企画のプレゼン等で構成され、いずれの企画も大成功をおさめた。次年度以降も要注目の企画である。またマーケットにおいては各種の中国映画系イベントが繰り広げられ、中国系映画冊子(言語は英語)も無料配布されてもいた。時勢の流れをみて、機を逸することなく柔軟に対応してゆくところもベルリン映画祭興隆の原動力なのであろう。


**日本映画**


フォーラム部門のゲストオフィス
ゲストを温かく迎えてくれる。
 
 

 アジア色の希薄だった今回のコンペティション部門であったが、日本からはSABU監督『天の茶助』が出品を果たした。そもそもデビュー作『弾丸ランナー』以来、ベルリン映画祭とは縁の深い同監督であるが、コンペ部門への出品は今作が初めて。19本中最後のコンペ作品として会期終了近くに上映された。重厚感漂う作品が大勢を占めた同部門にあって、比較的ライトタッチな同作は惜しくも受賞には至らなかったものの、総じて好意的に受け止められた。
残念ながら今回は日本作品のパノラマ部門への出品はみられなかった。が、個性あふれる3作品が上映されたフォーラム部門をはじめ、キュリナリー(料理)部門、ジェネレーション部門、とそれぞれに日本映画の多様性を示したといってよいだろう。女優・橋本愛氏はキュリナリー部門、ジェネレーション部門出品作のどちらにも主演という快挙であった。キュリナリー部門は“スローフード”を推進する協会との提携のもと2007年に創設され、以来、日本作品の出品も多い。作品鑑賞料とその後のディナー込で85ユーロという高額にもかかわらず、チケットの売上げは絶好調とのことである。上映後にはマーケット会場前に映画祭期間中のみ設営されるテント式レストラン(とはいえ、内装もしっかりしている)[Gropius Mirror]にて、ドイツでも高名なシェフたちによって作品にインスパイアされた料理が供されるため、皿を待つ間も楽しみも尽きないようだ。
フォーラム部門ではほぼ毎年日本のクラシック作品が上映されている。今回は市川崑監督の三作品が選出され、同監督の生誕100年記念事業の一環として製作された4Kデジタル修復版での上映であった。
短編部門で新設の賞、アウディ賞を受賞した瀬戸桃子監督の『プラネット煤iシグマ)』は同監督がフランス資本で撮ったフランス映画である。パノラマ部門にはニューヨークを拠点に活動する福永壮志監督の『Out of Hand』が出品されており、こちらはアメリカ映画であった。監督自身は日本人とはいえ、「映画の国籍」とはイコールでなくなる場合が確実に増えていることを実感させられる。俳優についても同様である。映画祭のオープニング作品『Nobody Wants the Nights』(イザベル・コイシェ監督)の主演俳優のひとりは菊池凜子氏だった。またコンペ作品『Mr.Holmes』のメインキャストとして真田広之氏が出演、映画祭へも参加を果たしていた。日本人俳優の海外進出もほんの数人の人々による一過性のものではなく、ようやく本格化したように思われる。喜ばしい。

 




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