公益財団法人川喜多記念映画文化財団

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国際交流

映画祭レポート


◇第74回ベルリン国際映画祭 2024/2/15-25
  Internationale Filmfestspiele Berlin

 

**受賞結果**
金熊賞 Dahomey Mati Diop
銀熊賞 審査員大賞 A Traveler’s Need Hong Sangsoo
審査員賞 The Empire Bruno Dumont
最優秀監督賞 Nelson Carlos De Los Santos Arias (for ‘PEPE’)
最優秀主演俳優賞 Sebastian Stan (in ‘A Different Man’ by Aason Schimberg)
最優秀助演俳優賞 Emily Watson (in ‘Small Thing Like These ’ by Tim Mielants)
最優秀脚本賞 Matthias Glasner(for ‘Dying’ by Matthias Glasner)
芸術貢献賞 Martin Gschalcht for the cinematography in ‘The Devil’s Bath by Veronike Franz/Severin Fiala
Encounter 最優秀作品賞 Direct Action by Guillaume Caileau, Ben Russel
ドキュメンタリー 最優秀作品賞 No Other Land by Sasel Adra, Hamdan Ballal,Yuval    Abraham, Rachel Sza
最優秀新人作品賞 Cu Li Never Cries Pham Ngoc Lan
国際批評家
連盟賞
コンペ部門 My Favorite Cake  Maryam Moghaddam/Behtash Sanaeeha
Encounter部門 Sleep with Your Eyes Open Nele Wohlatz
パノラマ部門 The Quiet Migration / Stille Liv (Denmark)  Malene Choi
Berlinale Camera
(貢献賞)
Edger Reitz(Germany)
Honorary Golden Bear
(金熊名誉賞)
Martin Scorsese(USA)

(英語題名) *日本からの出品作品と受賞結果はこちらから



**概観**


映画祭初日は極端に暖かく春そのものでまず驚き、それ以外の日も全体的に快適で過ごしやすかった今回の映画祭。ブーツの出番はなかった。毎年同じ時期の映画祭に長年参加していると気候変動を肌で感じる。



フォーラム部門の公式会場、Delphi

今回のベルリン映画祭は独特の事情の中での開催となった。ドイツ文化省はベルリン映画祭の運営システムの変更を昨年8月末に発表し、結果的にアーティステックディレクター、カルロ・シャトリアン氏及びそのチームは今回をもって終了することになった。次回からはロンドン映画祭を率いていたTricia Tuttle氏が任を負うことが決定している。8月末の声明から映画祭開催までの数か月、今回の映画祭準備は現場の人々のモティベーションの維持も含めて、並々ならぬ苦労があったであろうことは想像に難くない。映画祭に併設しているマーケット(ヨーロピアン・フィルム・マーケット:EFM)もディレクターの交代が決まっている。次回は大規模な改編が想定されるベルリン映画祭である。

そして映画祭は別の理由からも開幕前からざわついていた。ドイツ政府のイスラエル−パレスチナ問題への姿勢を問題視する人々が、ベルリン映画祭ボイコットを呼びかける動きもあり、出品が決まった監督・製作者の中には葛藤した人々も少なからずいたようである。それらの声を受け、政党関係者を招くことが慣例となっていた映画祭の開会式に、排外主義的な右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を招待しないとの声明を直前に発表。また、会期中にはガザ地区の紛争に対応して「タイニーハウス(小さな家)」プロジェクトを実施。17〜19日の3日間、会場近くに小屋を設置し、誰でも意見を交わすことができる場所として開放した。映画祭期間中もマーケット会場にて停戦を求めるデモンストレーションが発生し、クロージングセレモニーにおいては受賞者からパレスチナ支持のメッセージがいくつも出された。ウクライナ支援で一致した前回とは異なる様相を呈していた今回のベルリン映画祭であった。



コンペティション部門には20作品が選出された(アジアからは常連のホンサンス監督作品のみ)。金熊賞に輝いたのはセネガルにルーツをもつフランスの監督、マティ・ディオップによるドキュメンタリー、『Dahomey』。昨年の『On the Adamant(アダマン号に乗って)』に続き、二年連続でドキュメンタリー映画が最高賞受賞となった。19世紀に西アフリカのダホメ王国からフランスに接収された美術品が、現在のダホメ共和国に返還される様子を追った作品である。大英博物館やルーブル博物館などの所蔵品に代表される、旧植民地や戦勝した国からの収奪品についての扱いが議論されることの多いヨーロッパにおいて、大きな関心を寄せられているトピックである。




日本大使館でのパーティーにてスピーチをする
ヴィム・ヴェンダース監督

審査員団を率いたのはアフリカ系アメリカの俳優、ルピュタ・ニョンゴ氏。昨年の審査員長はクリステン・スチュワート氏に続き、女性であり、かつベルリン映画祭初のアフリカ系審査委員長とのこと。ニョンゴ氏を含む7名の審査員のうち、女性4名・男性3名という構成。出身地域も多岐にわたり、ダイバーシティへの目配りが感じられる。

映画界への長年の功績を讃える金熊名誉賞はマーティン・スコセッシ監督に授与された。昨年のスピルバーグ監督に続き、ハリウッドの巨匠への贈賞である。ベルリン映画祭に数多く作品を出品している印象のある同監督だが、来訪は10年ぶりの登場とのことであった。同じ年代に頭角を現し、共に今なお精力的に活動しているという意味でも共通点の多いヴィム・ヴェンダース監督がプレゼンターとして登場、スコセッシ監督の半世紀以上にわたるキャリアを讃えた。セレモニーの後には、2006年のアカデミー賞作品賞・監督賞受賞作『ディパーテッド』が上映された。




**日本映画**


中編作品が上映された工藤梨穂監督(左)と黒沢清監督(右)
(中央)ベルリン映画祭ディレクターのカルロ・シャトリアン氏

コンペティション部門への選出はなかったものの、今回も特色ある日本映画がベルリン映画祭にて上映されたが、「ベルリナーレ・スペシャル」には二作品が出品された。黒沢清・工藤梨穂監督のそれぞれ45分、40分の中編は「A Kind Of Freedom]と名付けられた2本立てであるが、内容的には何の関係もない。「劇場公開も、いわゆる動画配信サービスとも違う形態、「DVT(デジタルビデオトレーディング)」。仕組みはなかなかわかりづらいが、消費されるコンテンツ≠ナはなくコレクション を目指しているようである。黒沢監督は「大きな制約もなく自由度の高い制作で、たいへん楽しかった。」と振り返っていた。黒沢監督の手腕が冴えまくったホラーと、工藤監督のフレッシュさの取り合わせは内容的な連続性はまるでないものの、気持ち良く鑑賞できた。



『箱男』が上映されたZoo Palast

  
『箱男』チーム。左から浅野忠信氏、永瀬正敏氏、
(ひとりおいて)石井岳龍監督、佐藤浩市氏、‘箱男’
  

 石井岳龍監督作『箱男』もやはりベルリナーレ・スペシャル部門にての上映であった。原作者・安部公房により、同名小説の映画化を許可されたもののクランクイン前日に頓挫してしまったのが27年。それ以降も映画化を諦めなかった石井監督の熱意が実を結んだ。27年前も主演俳優であった永瀬正敏氏、出演予定であった佐藤浩市氏、そして今回からの参加の浅野忠信氏という重鎮俳優たちの登場するレッドカーペットは見ごたえ十分であった。深夜まで及んだ上映、質疑応答ともに大いに盛り上がりを見せた。




『五香宮の猫』上映後Q&A。
想田和弘監督(中央)・柏木規与子プロデューサー(左)

フォーラム部門の二作品への反応も非常に熱かった。ドキュメンタリー『五香宮の猫』の想田監督は同部門に4年ぶり5作品目の出品。すっかり常連監督となり、地元の常連のお客さんもついている様子。会期後半に登場した『夜明けのすべて』の三宅監督は、前作『ケイコ、目をすまして』がエンカウンター部門に出品されてから2年ぶりのベルリン映画祭。今回は主演の松村北斗氏、上白石萌音氏とともに海外プレミア上映に臨んだ。どちらの作品も(日本では起こらないであろうシーンで)たびたび笑いが起こり、監督・出演者たち共に驚きつつも、新鮮な反応として楽しんでいた様子であった。またレッドカーペット付近ではベルリン在住、もしくは日本からやって来たであろう日本人ファンに囲まれるシーンもあった。上映後の質疑応答にはベルリン在住の日本人からの質問も多く上がった。         

 

『夜明けのすべて』上映後Q&A。
(左二人目から)松村北斗氏、三宅唱監督、上白石萌音氏


クラッシク部門には1954年製作の『ゴジラ』の4Kリマスター版が選出された。シリーズ最新作が世界中でヒットする中で、初代のリマスター版のお披露目となり、3回の上映が完売。ゴジラ人気を再確認した一幕であった。





初代『ゴジラ』の4Kリマスター上映



文化庁は前年度から日本映画の海外発展事業の一環として、三人の新進監督をベルリン映画祭へ派遣。今回は金子友理奈、藤元明緒、工藤将亮氏の3名であった。マーケットでの企画ピッチをはじめ、海外の映画関係者との交流を体験させるプロジェクトである。また、在ドイツ日本大使館にて関係者を多数招いたレセプションが行われ、盛会であった。海外の人々との交流はもちろんのこと、映画祭の会場が点在しており、日本からの参加者同士もなかなか会う機会のない現状において貴重な場であった。








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